第134話「奴らへ罠を仕掛けろ!」

文字数 2,473文字

 ダンとオーガとの戦いが終わった。
 開始から、時間にして僅か10分少しと言ったところだろうか……
 もうあっという間の出来事であった。

 周囲には累々と、オーガの死骸が散らばっている。
 今、立っているのはダンだけだ。

『旦那様!』
『ダン!』

 危険が去ったと分かり、離れて見守っていたエリンとヴィリヤが駆け寄った。
 「まず、大丈夫だ」とは思っていた。
 ダンの勝利は、絶対に揺るがないと……
 「悪魔王アスモデウスを物差しにしろ」と、ダンが言った時点で。

 エリンもヴィリヤも確信していた。
 怖ろしいアスモデウスに比べれば、単なるオーガなどは、いかに上位種でもダンの敵ではないという事を。

 そして何故、ダンが単身で戦いを挑んだのか?
 彼の意図にも、何となく気が付いていたのだ。

 ダンの意図、それは……
 例の『謎めいた存在』に対してのアピールである。

 そもそもダン達の今回のミッションは、行方不明者の救助と迷宮調査である。

 謎めいた存在は「この迷宮の謎を解け」と告げた。
 つまり冒険者失踪事件の、『鍵』を握っている可能性がある。
 と、なれば……
 まずは、この謎めいた存在の手がかりを掴む事が、ミッションクリアへの早道と言えるのだ。 

 そして……
 ダンには思い当たる事がある。
 相手の正体に関して。

 「ピン!」と来たのは、ヴィリヤの祖父ヴェルネリ・アスピヴァーラ以外に、『ソウェル』が存在するという話からだ。
 そもそもソウェルとは、エルフことリョースアールヴ族の長たる呼称……の筈である。
 ヴィリヤに聞けば、ソウェルの役職は、祖父のヴェルネリがもう千年は務めているという。

 だとすれば、奴らの言う『ソウェル』とは一体何者なのだろう?
 そして奴等は、ヴィリヤの家アスピヴァーラが卑しいと貶めた。
 つまりアスピヴァーラ家を憎んでおり、何らかの恨みがあると推定される。

 以上の事を踏まえて、導き出した結論なのだが……
 まだ、あくまでも、ダンの推測に過ぎない。
 
 確証を掴む為に、更に手を打たねばならない。
 だが、今のまま状態では難しい。

 何故ならば、この『人喰いの迷宮』は相手のホームグラウンドだからだ。
 現在ダン達は、一挙手一投足を見られた上、相手の掌で遊ばれている状態だ。
 この不利な状況を打破し、優位に立たなければ確証を掴む手はない。

 その第一の仕掛けが、クラン戦闘における圧倒的な勝利である。
 更に第二の仕掛けが……
 たった今、ダンが単独で成し得た圧倒的な勝利なのだ。

 こうなると、ただでさえダン達を気にしている相手は……
 更に注目する事となる。
 ダンを始めとして、3人の底知れぬ能力に対し、もっともっと興味を持つだろう。
 そして、まだまだ実力を隠しているのに、すぐ気付く筈だ。

 相手がどうしても、ダン達の正体を知りたくなった時。
 真の力を知りたくなった時……

 手段を問わず、なりふり構わずとなった時……
 大きな隙が生じる。
 その時こそ、ダン達は真の攻勢に出るのだ。

 既にダンの頭の中で……
 最後の仕掛けに関しては、組み上がっている。

 後は……実行するだけ……であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 そんなこんなで、ダン達は地下8階をクリアし、地下9階へ降りた……

 この階層でも、出現するのはやはり、様々な魔物の上位種である。
 しかしダン達にとってみれば、もはや脅威となる相手ではない。
 ちなみに、再びダンの単独戦闘などはなく、全員で『普通』に倒して行く。

 この階もダン達の歩みを妨げる者は居なかった。
 そして……いよいよ、ダン達は最下層地下10階へ到達した。
 
 この地下10階はいくつかの小広間、そして通称『王の間』と呼ばれる、大広間とで構成されていた。
 伝説では、アイディール王国の開祖バートクリード・アイディールが迷宮全階層をクリアした際、クランの仲間と共に、『王の間』で祝杯をあげたという。

 その為、この王の間まで踏破し、『祝杯』をあげる事が、冒険者達の間ではステイタスとなっていたのだ。
 
 そんな時、突如、異変は起こった。

 地下10階を探索していた、ダン達の姿が煙のように消えたのだ。
 何の前振りもなく……歩いていて、いきなり消え失せてしまったのである。
 ダン達に先行していた、火蜥蜴(サラマンダー)とケルベロスも同様に消えてしまった。

 最終ゴール? 『王の間』の手前という場所で……

 最下層、地下10階まで来る事の出来る、実力を持つクランはそう居ない。
 現在は、ダン達のみである。

 こうなると……
 魔物共の咆哮や唸り声以外に、人間とアールヴの気配は一切なくなった。
 「しん」とした静寂が辺りを満たす。

 暗闇の中、悪戯に時だけが流れたのである………………

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ……ダン達が姿を消してから、あっという間に1時間が経った……
 何も起こらない。
 当然、ダン達3人も消えたままである。

 ここは……迷宮の最奥、『王の間』
 広大な『部屋』一杯に満ちた魔力に、大きな揺らぎが生じていた。
 これは、何かが現れる予兆だ。

 そして案の定……まるで影のような、頼りない、ゆらゆらした気配が立ち上ったのである。
 先ほど、ダン達の前に現れた……  
 ニーナの兄が死んだと言われる部屋に現れたのと同じ、正体不明の謎めいた存在……『影』であった。

「あの男め! どこへ消えた! 一体、どうしたというのだ? もう『目前』なのだぞ」

 相変わらず壮年らしい男の声で喋る『影』はいつになく、いらついている様子である。

「ふむ……奴の魔力波(オーラ)を感じぬ。いいかげん探索に飽き、女を連れて、転移魔法か何かで地上へ戻ったのか? まさか……な」

 『影』は大きなため息をつくと、また姿を消してしまったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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