第5話 「決着」
文字数 2,515文字
執拗にダンの正体を見極めようとするアスモデウスへ、ダンはきっぱりと言い放った。
「な、何!?」
驚くアスモデウスに、ダンは目を細めて笑いながら問いかける。
「ははっ、知っているだろう? 俺にもエリンにも……そしておっさん、あんたにも誰にでも……魂って奴があるよな?」
「……な、何をする気だ」
アスモデウスには、ダンの真意が読めない。
実力も含め、一切が読み切れない。
先程起こった、黒雲のような不安が益々大きくなって来る。
人間を恐怖に陥れる筈である悪魔の自分が、逆に不安を与えられる側に立つなど……
ありえない!
……そう信じたいのだが、この華奢な人間から底知れぬ恐怖を感じてしまうのだ。
そしてダンは……遂に衝撃的なひと言を発する。
「俺はな、お前達みたいな悪魔の魂を砕けるのさ」
悪魔の魂を砕く!?
そ、そんな事が出来るのは!?
「ま、まさか!? き、貴様ぁ!」
信じられないというように、目を見開くアスモデウス。
しかしダンは、冷たく言い放つ。
「いかに永遠の命を持つ悪魔でも魂を砕かれれば消滅……何も残らない……つまりジ・エンドだ」
「な、何っ!?」
「エリン、お前の魔力も一緒に使ってやるぜ! 仇討ちだ!」
ダンは、エリンの腰に回した手から魔力を吸い上げる。
まるで、ヴァンパイアに吸血されるように、エリンの魔力が放出された。
ダンに魔力を吸収され、全身を愛撫されるような感覚に、エリンは思わず身悶える。
「あ、ああううっ!」
しかしダンは気にも留めず、悪魔の魂を砕くというとてつもない魔法の発動に入っている。
「
「くわあっ! よりによって言霊に
悪魔にとっては、不吉な武器とされる
恐れ多くも、偉大な聖人を貫いた故に、絶大な破邪の力を持つ聖なる槍とも言われているからだ。
悪魔にとって、そんな忌まわしい言葉が、魔法発動の言霊の中に詠唱されたという事は……絶対に禁呪である。
魔法の威力はまるで想像がつかないが、発動自体を止めるに越したことはない。
アスモデウスは、何とか発動を妨害しようと、手に持った巨大な槍をダン達へ投げつけた。
「馬鹿が! いかなお前でも詠唱中にこの魔法槍は避けられまいっ! エリンと共に串刺しになれいっ!」
ガンっ!
しかし一直線に伸びた巨大な槍は、目に見えない鋼鉄の壁に当たったように轟音を立てて弾かれ地へと転がった。
アスモデウスは圧倒される。
底知れぬ、ダンの実力に。
「な!? ききき、貴様ぁ! 禁呪と同時にそんな魔法障壁まで発動出来るのかぁ!」
アスモデウスが驚いている間にも、ダンの詠唱は続いている。
「聖なる血に染まりし破邪の
詠唱が終わると、ダンの右手に光が満ち溢れて来る。
魔法が……禁呪が発動される!?
エリンは大きく目を見開いた。
アスモデウスは、もう完全に怯えている。
感じた事のない凄まじい恐怖が、大悪魔を捉えていた。
「あああああ、ややや、やめろぉ~っ」
「
ダンの右手から、何かが投げられた。
いきなり空中から出現し、素晴らしい速度で突き進むのは眩い光の『槍』であった。
「ぎゃあああっ! おおお、お前のにわか魔法など! く、糞っ! わ、我が偉大なる
アスモデウスは、慌てて両手を差し出した。
気合を入れて、急速に魔力を放出する。
「あ、あれはっ!」
エリンには、アスモデウスの使う『技』に覚えがある。
自分の放った岩弾を、易々と弾いた強力な魔力障壁だ。
しかしそんなエリンの心配は、すぐ杞憂に終わる。
アスモデウスが必死に造った障壁も、全く無駄であった。
ダンが放った不思議な光の槍は、
光の槍が、吸い込まれた瞬間!
アスモデウスの全身から、眩い光が放たれる!
魔導灯が壊され、所々明かりが消えた薄暗い王宮が、地上の真昼のように輝いた。
「ああ、ぎゃあああああああっ!」
轟いたのは、断末魔の叫び。
悪魔アスモデウスの魂が……あっさりと砕かれたのだ。
すぐに光が消え、魂を失ったアスモデウスの顔が、がくんと俯いた。
そして、思い切り両手両足を突っ張らせる。
丁度、大の字のような形であった。
ぼしゅっ! ぼしゅっ! ぼしゅっ!
凄まじい音がした。
骸となったアスモデウスの全身から、再び白光が放出されたのである。
目、鼻、口……全身の穴という穴から、ダンが放ったのと同じ光が輝いていた。
「
ダンは、「パチン」と指を鳴らす。
すると異様な音を立てていた、アスモデウスの肉体が煙のように消え去った。
あの異形の悪魔が……ダンの魔法により瞬殺されてしまった。
圧倒的な力を誇り、自らを無敵とうそぶいていたあのアスモデウスを。
何という!
何という凄まじい魔法なのだろう。
エリンは、さっきから目を丸くしていた。
ダンが使ったのは禁断の魔法らしいが、このような魔法は今迄に見た事も聞いた事もなかった。
そしてアスモデウスが、ダンに向かって投げかけた様々な言葉は、いかにも謎めいていた。
『彼の者』『限りなく神に近い者』そして……『
そこまで考えて、エリンは漸く気付いた。
ダンの左手は、エリンを守るように、まだ腰にしっかりと回されていたのであった。