第171話「ダンの遺言、ヴェルネリの決意」
文字数 3,003文字
場の空気は、完全に
こうなれば、『今後の事』をどんどん具体的に詰められるというものだ。
ダンとヴェルネリ、そしてエリン、ヴィリヤ、ゲルダは、全員で様々な事を話し合った。
数多くの意見が出され、取捨選択された。
更に精査され、最後にはまとめられた。
特に、イエーラを率いる長ヴェルネリのアドバイスと判断は貴重なものが多かった。
皆、これから創られる新たな国へ思いを馳せ、夢と希望を籠め、話し合ったのだ。
これから、アイディール王国へ行き、宰相フィリップと会い、協力を要請するとダンが告げたら……
ヴェルネリは、更にいろいろとアドバイスをし、ダン達を励ましてくれた。
そして、もし他者の手に渡った事を考え、表題無しという体裁で、協力をする誓約書を書いてくれたのである。
この誓約書を見せれば、少しでも助けになると。
ちなみに、最初からヴェルネリが同行しないのは、目立つ事を避ける意味である。
またヴェルネリは、リョースアールヴ秘蔵の例の『お宝セット』もダン達へ見せてくれた。
リストマッティの言った通り、やはり同じものがイエーラにもあったのだ。
誓約書の内容は寸分違わない。
指輪のデザインも全く一緒で、材質だけが聞いた通りプラチナ製である。
古ぼけたふたつの指輪。
同じく、二枚の誓約書。
遥か、
さすがに、ヴェルネリは感慨深いようだ。
5人は
しかし、ダンがいきなり手を挙げた。
どうやら発言をするらしい。
デックアールヴ特有の、鋭い勘を持つエリンは……
何となく、悪い予感がした。
「改めて言いたい事がある。全員、聞いて欲しい」
「「「「…………」」」」
ヴェルネリも含め、他の3人も何かを感じたのだろう。
全員が黙って、ダンの話を聞く態勢に入った。
4人を見やったダンは頷き、話を続ける。
「俺の話を聞いても、けして後ろ向きにはならないで欲しい」
話を聞いて、後ろ向き?
いちいちそんな事を断るなど、やはり良い話ではないようだ。
心配になったエリンは我慢出来ず、ついダンへ尋ねてしまう。
「旦那様、どういう事?」
切ない眼差しを向けるエリンへ、ダンは優しく微笑む。
「エリン、お前と出会った時、寿命の話をしたのを覚えているか?」
「うん、覚えてる」
エリンは記憶を手繰った。
人間の寿命はすぐ尽きると言われた。
「ずっと、一緒に居られないぞ」と、諭されたのに……
エリンは恋する気持ちが抑えきれず、無理やりダンの下へ『押しかけ』たのだから。
遠い目をするエリンへ、ダンは言う。
「俺達は信じ合える家族になったが……永遠に一緒には居られない」
それは当たり前だ、とエリンは思う。
人間は勿論、妖精族の末裔たるアールヴとて不死ではない。
数千年の寿命が尽きれば、死が平等に訪れる……
つらつら考えるエリンへ、他の者達へダンは話を続ける。
「人間とアールヴは種族としての寿命が全く違う。だから後、数十年後にはお別れだ」
しかし!
あの時とは状況が違う。
と、エリンは首を振った。
何故なら……
『救世の勇者』となったダンは、もう『生と死』さえ自由になるのではと、エリンには思えるのだ。
だからつい事実確認を、否、願いを告げてしまう。
「で、でも! 旦那様ならば、魔法を使って何とかなるんじゃない?」
「いや! ここで、はっきり言っておく。俺は人間として、自然に生き、自然に死ぬ。魔法で延命したりしない」
ダンの衝撃発言が出た!
魔法を使わず、人間として……自然に死ぬ……
つまり、これはダンの『遺言』である。
エリン、ヴィリヤ、ゲルダはダンの言葉が信じられない。
水界王アリトンから水の魔法の加護を受け、全属性魔法使用者として、ダンは覚醒した。
そして『救世の勇者』という、お墨付きも貰った。
更に『神の代理人』とまで、呼ばれたのだ。
今後、常人を超える存在として、共に歩んでくれると思ったから。
数千年の時を共に生きる同志として。
「旦那様!」
「どうして!」
「ダン!」
「…………」
叫ぶ、疑問を投げかけるエリン達女子3人と対照的に……
ヴェルネリだけが目を閉じ、黙ってダンの話を聞いていた。
更に……ダンの『遺言』は続いて行く。
「いろいろな考え方があると思う。新たな国において……救世の勇者たる、お前の役割は重い。どんな手を使ってもお前は生きるべきだ、と言われるかもしれない」
「「「「…………」」」」
「だが、俺は人間として限られた生を全うしたい……それが有限たる人間の
「「「「…………」」」」
「お前達アールヴより俺は先に逝く。ニーナもそう、彼女の兄ルネもそう、チャーリー達もモーリスさんもそうだ」
「「「「…………」」」」
「仲間になる事を既に頼んだローランド様、クローディアさん、これから、そうなってくれる事を期待するフィリップ様やベアトリスもそうだ」
「「「「…………」」」」
「だが俺達は限られた短い時間を精一杯生きる。与えられた命を燃やし尽くす。新しい国の為、ベストを尽くす……それも人間たる証だ」
「「「「…………」」」」
「だから……アールヴのお前達に頼みたい」
「「「「…………」」」」
「人々の心は……うつろいやすいという。これから、代を重ねれば、いろいろと心変わりする者も出て来る。事実を都合良く
「「「「…………」」」」
「幸い……アールヴ族は俺達人間の、数十倍の寿命がある。俺達が先に旅立った後は、遺志をしっかり継いで欲しい」
「「「「…………」」」」
「俺達が居なくとも、立派な国を造り上げてくれ。宜しく頼む」
「「「「…………」」」」
ダンが、『遺言』を告げても、全員が黙っていた。
まだ、ダンの『決意』を受け入れる事が出来ないのだ。
そして信じあえる仲間となった、人間達の死があっという間に訪れる厳しい現実を……
全員の様子を見て、ダンは僅かに微笑むと、ヴェルネリに呼び掛ける。
「爺ちゃん! 貴方が中心となって引っ張って欲しい! 俺が死んだら、ヴィリヤとエリン、そしてゲルダを助け、リストマッティ達と協力し、新たな国を導いて欲しいんだ」
ヴェルネリには、思うところがあったようだ。
目を大きく見開き、即座に返事を戻す。
「うむ! ……分かった! ダンの遺言、しかと受け取ったぞ」
力強い、『祖父』ヴェルネリの声を聞き、『孫』ダンの顔がほころぶ。
「ありがたい!」
「礼など言うな! そんな事は当たり前だ。私より先に逝く、不肖の孫の為さ、全て任せろ!」
厳しい現実を受け止め、生まれた哀しみの為……
辛そうに顔を歪めるエリン達の傍らで……
ひとりヴェルネリは、しっかりとダンを見据えていたのである。