第88話「王女の本音」

文字数 3,266文字

 恨めし気に視線を向けながら、ヴィリヤとパトリシアは下がって行った。
 王女ベアトリスは余程、ダンと内密の話をしたかったのだろう。
 パトリシアへ命じて、両隣5部屋の人払いをするといった念の入れようであった。

 ダンとふたりきりになって、車椅子に座ったベアトリスは耳をすませた。
 視力を失った代わりなのか、ベアトリスの聴覚は著しくアップしている。
 どうやら、人の気配はない。
 忠実なパトリシアは、命じられた通りにしてくれたようだ。

「ダン、ちゃんと人払いされている? 貴方も確かめて」

 ベアトリスは、結構慎重な性格であった。
 ダンにも、索敵の魔法を使うように念を押した。

「ああ、大丈夫ですよ」

 ダンは一応索敵魔法を使うが、やはり何者も居る様子がなかった。
 ベアトリスは、やっと満足したようである。

「うふふ、初めて貴方と思い切り話せるわ、周りに気兼ねなく」

「確かにそうですね」

 ダンが返事をすると、ベアトリスは急に思いつめた表情をした。

「ねぇ、ダン……いきなりだけど……私」

「…………」

「生きていて、何も楽しみがないの」

 唐突ともいえる、ベアトリスのカミングアウト。
 彼女の、心の内を知っているダンは、返事のしようがなかった。
 
「…………」

「ねぇ、ダン聞いて頂戴。今日はお互いに本音で話しましょう」

 本音で話す…… 
 ここまで言うベアトリスは、相当ストレスが溜まっているようである。
 ダンとしては、愚痴を聞いてやる以外にはない。

「構わないですよ」

 仕方なくダンが了解すると、ベアトリスは僅かに微笑んだ。
 淡々と話し出す。

「巫女の私が、創世神様の神託を受けて貴方に伝える。召喚された勇者の貴方が、怖ろしい災厄を退けて世界が平和になる……確かにそれは、私の今の生きがい……嬉しいわ」

「…………」

「創世神様の巫女であると同時に、私はアイディール王家の娘……只でさえ自由がない。もしも巫女になっていなかったら、今頃はどこかの国へ嫁ぐか、ウチの国の貴族、誰かの奥さんになっていたわ」

「まあ……そうでしょう」

「でも私は、運命の悪戯なのか、創世神様の巫女になった……そして勇者の貴方に出会った。それで私……考えたのよ」

「何をですか?」

「私と貴方は同じだって……思った」

「同じですかね?」

「だってそうじゃない? ふたりとも決して望んでもいないのに、創世神様により運命がきっちり決められた。……たったひとつだけのね」

「…………」

 確かにベアトリスの言う通り、ふたりの運命は自ら望んだものではない。
 かといって、自分の力で避けられるものでもない。
 しっかりと受け止め、道を切り開いて行くしかない。
 しかし何故だか、ベアトリスは首を振る。

「でも、そう思ったのは最初だけ……ヴィリヤから貴方の話を聞いて、良~く考えたら違うわ」

「…………」

「貴方は行こうと思えば、私と違って自由にどこへでも行ける。もし神託を受ける事を放棄しても、誰も貴方を罰する事は出来ない。創世神様以外はね……」

 ベアトリスは、王宮魔法使いであり召喚者のヴィリヤから、ダンが召喚された経緯(いきさつ)を詳しく聞き出していた。
 巫女の自分が神託を受けて、特別に呼び出された『勇者』なのだ。
 気にならない筈がない。
 だから、ダンの能力や考え方も良く理解していた。

「…………」

「貴方は、無理矢理召喚された異世界人ですもの。だから、この世界に恩も義理もない」

「…………」

「もっと、勝手気ままに振る舞うかと思っていたけど……意外だわ。律儀にこの国へ留まり、働いてくれている」

「たまたまですよ」

「いいえ、私には分かる! 貴方がこの国に留まってくれているのは、このような境遇に陥った私に同情している為、そしてお兄様が貴方へお願いしてくれたから……」

 やはり、ベアトリスは見抜いていた。
 ダンが、自分の事を気にかけている事を。
 
 しかしダンは、ベアトリスの問い掛けに答えない。

「…………」

 残念ながら、ダンの返事は貰えなかったが、ベアトリスは満足している。
 だから素直に、感謝の言葉が出た。

「ダン……ありがとう」

 しかし、ダンは手を挙げた。

「いえいえ、お礼を言われる筋合いがないですよ、ベアトリス様」

「うふふ、ヴィリヤから聞いたわ。普段は私の事を呼び捨てにしているのでしょう?」

「ははは、ばれてたか」

「ねぇ、言葉遣いもざっくばらんで良いわよ」

「助かる! 但しこれは言っておこう」

「何を?」

「俺は勇者じゃない……残念ながら俺の魔法はベアトリス、貴女を救えないから」

「…………」

 不幸なベアトリスを、救えない自分は勇者じゃない。
 ダンの優しい言葉が、ベアトリスには嬉しかった。
 「じん」と胸に響いてくる。

「それにベアトリスの兄上、フィリップ様は好ましい人だ。俺は彼から受けた恩に報いたい。……ただそれだけさ」

「ダン……本当にありがとう! 私もお兄様は大好きよ。もしも血が繋がっていなかったら、絶対お嫁さんになりたいくらいだもの」

「ああ、フィリップ様は、妹の貴女の幸せをちゃんと考えてくれているよ」

「そうよね! ……分かるわ。私は巫女になる事と引き換えに、視力と身体の自由は失った。けれど、お兄様の気配りのお陰で相変わらずこの王宮において何不自由なく暮らしている」

「そうだな……暮らしは、凄く恵まれていると思うぞ」

「ええ! そして巫女として世界の役に立っている……これ以上、文句なんか言えないわね」

「ああ……その通りさ。ベアトリスが今、担っているのは大事な役目だ。誰かが代わる事は出来ないし、お前にしか出来ないから」

 ベアトリスに、漸く笑顔が戻って来た。
 ダンの励ましが、届いたようである。

「私にしか出来ない……か、うふふ、嬉しい! ありがとう! 今日はね他にもいろいろ話を聞きたい! 災厄を退けた話よりも、普段の貴方の暮らしぶりを聞きたいわ」

 どうやら、ベアトリスは冒険譚よりも、ダンの日常生活が聞きたいらしい。
 驚いたダンは、思わず聞き直してしまう。

「普段の俺?」

「ええ、そうよ。何故なら……」

 ベアトリスは一旦口籠ると、また話を続ける。

「今日貴方に会って、とっても吃驚したわ。温かい魔力波(オーラ)が出ているんだもの。……とっても気になるわ」

「温かい魔力波(オーラ)か……成る程な」

 ダンは、自分でも何となく分かる。
 エリンが来て、ニーナが来て……
 自分が、優しさで満ち溢れているのを感じるのだ。

「うふ、心当たりがあるでしょう? 前回会った時、ダンは私と同じ気持ちだったから……」

「ベアトリスと同じ?」

「ええ、自暴自棄……いつ死んでも構わないという捨て鉢な心……」

 確かにダンは、以前醒めていた。
 平凡ながら幸せに暮らしていた世界から、無理矢理連れて来られた。
 自分の意思など、全く無視されて。

 元の世界へ戻れないと知り、覚悟を決めた。
 神託を受け、敵が現れれば戦う決意はしたが、生きる張り合いなどなかったから。
 戦いに敗れて死んだら、それでも構わないと考えていた。

「ああ……ベアトリスと同じかどうかは知らないが……ある程度は当たっているな」

「それが今は違う、全然違うの。一体どうして?」

 ダンは、ベアトリスの疑問に答えてやる。
 少し、申し訳ないという気持ちを持ちながら。

「言い難いが……俺はもうひとりじゃなくなった。大事な女が出来たんだ、それもふたりもな」

 予想外なダンの言葉。
 聞いたベアトリスは吃驚した。
 光を失った碧眼が、大きく大きく見開かれる。

 しかしベアトリスの驚きの表情はすぐ、とびきりの笑顔へと変わったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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