第81話「本当の真実①」

文字数 2,606文字

 ニーナは、頭が真っ白になっている。

 エリンがダークエルフ!?
 そんな馬鹿な!
 
 疑問の言葉が頭の中を飛び交い、駆け巡る。
 呆然としているニーナへ、ダンは言う。

「ニーナ、お前は創世神教が運営する孤児院で育った。だから司祭達から教えを受けた筈だ、創世神の」

「創世神様の……教え」

「ああ、ダークエルフとはこういうものだという教えさ」

「ダークエルフとは……」

 ニーナは遠い目をして、旧き記憶を呼び覚まそうとした。
 ダンの言う通り、ニーナは創世神孤児院で育った。
 その話は大好きなダンへ自分の生い立ちを知って貰い、仲良くなりたくて自ら話した事だ。

 創世神教会が運営する孤児院という環境的ゆえ、ニーナは物心ついた時から朝の礼拝は欠かさなかった。
 運動が好きな兄と違い、ニーナは勉強が好きであった。
 創世神を称え信じ、教えが記載された書物をずっと読む毎日も嫌ではなかったのだ。
 やがてニーナは信じられない速さで読み書きを覚え、10歳の頃には結構難しい本も読めるようになっていた。
 ある書物の中に、気になる記述があった。
 忌まわしい不浄の存在、呪われた一族が居るという内容である。

 一族の名は、ダークエルフ。
 (いにしえ)にエルフと共に栄えたが、創世神の怒りを買って深き深き地下へ追いやられたという。
 その後、どうなったかは誰も知らない。
 
 何故かニーナは、そのダークエルフが気になった。
 書物にはただ、「追放された」としか記してなかったからだ。
 子供心に、ずっと疑問に思っていた。
 ダークエルフが、創世神の怒りを買った理由を知りたかった。
 地上から追放されるのは、どのように重い罪なのかと。

 そこで、ある日ニーナは一番可愛がって貰っていた老齢の男性司祭へ問いかける。
 その司祭は博識で、いつも優しい穏やかな人柄。
 好奇心旺盛なニーナに、何でも教えてくれる祖父という雰囲気があり、ニーナはとても懐いていた。

「司祭様」

「何だい、ニーナ」

 司祭は、いつもの他愛ない質問だと思ったのだろう。
 慈愛溢れる微笑みを、ニーナへと向けた。

「ひとつお聞きしたいことがあります」

 子供であるニーナの質問にも、司祭は真剣に聞く様子を見せる。

「うむ、言ってみなさい」

「ダークエルフの事です」

「ダ、ダークエルフ?」

 ダークエルフと聞いた瞬間。
 司祭の顔色が変わった。
 ニーナは、今でもはっきり覚えている。
 深い皺の刻まれた顔に、さしていた彼の血の気がす~っと引いた事を。

 しかし当時のニーナは、あまり気にせず、続いて質問したのである。

「はい、司祭様! ダークエルフはなにゆえ創世神様に怒られたのでしょう?」

「…………」

 司祭は答えなかった。
 完全に無言となってしまった。

 だがニーナは、めげずにまた質問した。

「ダークエルフはどうして創世神様に追放されたのでしょう?」

「…………」

 司祭は、返事をしない。
 その代わり凄い目付きで、ニーナを睨みつけていた。

 さすがのニーナも、司祭の様子がおかしいことに気付く。
 それで、思わず聞いたのである。

「司祭様、何故怒っていらっしゃるのですか?」

 その質問が、司祭の感情を押し留めていた堰を切った。

「忘れなさい!」

「は、はい?」

「子供だから許しますが、そんな奴らの名など口にするのも汚らわしい! ニーナ、良いですか? 今度その名を言ったら食事を1日抜きにします」

「はっ、はい!」

 ニーナが吃驚するくらい、司祭の怒りは凄まじかった。
 今迄怒った事などなかったから、普段とのギャップが凄まじく、ニーナは震えてしまった。
 食事を抜かれるどころか、もっと酷いお仕置きをすると言わんばかりの勢いであった。
 司祭の剣幕に怯えたニーナは、ダークエルフの事を聞くどころか、二度と名を口にしなかったのである。

 そんなショックの強すぎる記憶が甦った。
 怒り狂った司祭から、口にするのも汚らわしいと蔑まれたダークエルフが……目の前に居る。
 それも実の姉に等しいくらいに、ニーナが慕っている存在なのだ。

 恐る恐るニーナが見ると、エリンは俯いて表情が見えない。
 見える口は、堅く噛み締められている。
 極度の緊張状態にあるらしい。
 身体も、わなわなと震えていた。

「エリン……姉」

 ニーナが、そっと呼びかけても反応はなかった。

 ダンは黙ってエリンに寄り添い、肩を優しく抱いた。
 抱かれたエリンは、更にがっくりと俯いてしまった。

 ひと言、言葉をかけたダンはエリンの肩を抱いたままニーナの方へ顔を向けた。
 どうやら、エリンの素性に関して詳しい説明をしてくれるらしい。
 ニーナが見ると、ダンは落ち着いていた。
 もしかしたら、自分以外にエリンの事を話したのだろうか?
 ニーナは、ぼんやりと考えた

 息をひとつ吐いたダンは、ゆっくりと話し出した。

「ニーナ、俺とエリンは深い深い地下世界で出会った」

 地下世界……
 書物で読んだ通りである。
 間違いなく、ダークエルフ達が追放された場所だ。

「ダンさん……」

「俺は王家の依頼で、ある敵を倒す仕事の途中だった。エリン達ダークエルフは静かにつつましく暮らしていたそうだ。その平穏を破ったのが悪魔の王、その王を倒すのが請け負った仕事だった」

「あ、悪魔の王を倒す!? ダンさんが王家から頼まれたのですか!?」

 王家から悪魔の王を、つまり魔王を倒せと命じられる。
 まさに勇者である。
 ニーナは、ダンの顔を「まじまじ」と見てしまった。

 口を「ぽかん」と開けて見つめるニーナを見て、ダンは苦笑する。

「ああ、俺の話はややこしいからまた別にな。とりあえずエリンの話に戻すと、悪魔の王とその邪悪な軍団は、平和に暮らしていたダークエルフ達を皆殺しにした。何も悪い事をしていないのに……」

「悪魔の王、悪魔王がダークエルフを…………皆殺し……」

 その時、ニーナの心の中に悪魔に殺される阿鼻叫喚の声が、ダークエルフの断末魔の声が聞こえたような気がした。

 そんな幻聴を聞きたくないとばかりに、ニーナは自分の耳を思わずふさいでしまったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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