第170話「祖父と孫」
文字数 2,368文字
早速ダンは、ヴェルネリとの話を再開した。
アリトンからは「ダンに頼れ!」と言われたが、ヴェルネリはまだ半信半疑であった。
それほど、デックアールヴを地上へ呼ぶのは、高難度だったのだ。
デックアールヴは他種族とは違う、ひとめで分かる容姿が目を引く。
すぐには正体が知られなくても、あれは誰だ? 何者だ? そのような種族だ?
というチェックが入るだろう。
もしも正体が分かれば、暴動に近い騒ぎになるかもしれない。
そしてデックアールヴは捕まり、容赦なく虐殺されるだろう。
かつて地球の中世西洋で、無実の者が『魔女』の烙印を押され、非業の死を遂げたように。
そもそも、創世神自らが追放したという、忌避すべき存在というのがネックなのである。
……この世界で、創世神の教えは絶対だ。
もしも教えを守らない場合、容赦なく冥界へ堕ちる。
そう信じられていたからだ。
ダンの監視役とはいえ……
善良なアルバートとフィービーは、頭からダークエルフ、つまりデックアールヴを忌避した。
また……
ダンの妻となったニーナは、以前暮らしていた孤児院で、ダークエルフの名を呼んだだけで、創世神教の司祭からいきなり叱責された。
その名を口に出すのも、汚らわしいと、司祭は激しく怒ったのだ。
これらは人間社会での出来事であったが、リョースアールヴの社会でも全く同じである。
否、人間よりも創世神への信仰が深い分、同じケースが起こった場合、もっと反応が激しかったに違いない。
それらを踏まえ、有効な手立てがなかった為、協力を誓っても……
歴代のリョースアールヴの長達は、具体的な行動へ移せずにいた。
さらにリョースアールヴには、大きな問題がある。
それは彼等自身が、デックアールヴの追放に加担したという事だ。
もし、その事実が明るみに出れば、今度はリョースアールヴが、忌避すべき種族としてのレッテルを貼られ、嫌われ追われる身になるだろうから。
さすがにデックアールヴを助ける為、自分の種族を修羅の道へ堕とすわけにはいかないのだ。
それで、密かに物資等の援助をしていた……
というのが、事の真相である。
だが……
ヴェルネリは知らなかった。
リストマッティ達、デックアールヴが種族のアイデンティティを捨ててまで、地上に戻る覚悟を決めた事を。
他種族と血を交え、容姿を含めた特徴を全く変えても良しとした事を。
ダンからその事実を聞き、ヴェルネリは唸る。
固有の種族である事を放棄するのは、とても重い事なのである。
「う~む……リストマッティ殿はそこまで考えたのですか……デックアールヴがデックアールヴではなくなってもと」
「ああ、そうさ。だから俺の変身魔法を加え、新たな国の民は一見、デックアールヴだと分からなくする」
「成る程!」
そしてダンは、アイディール兄弟の遺志を継ぐ事も伝えたのだ。
冒険者として、難儀する世界の人々を救う事を。
「うむ……素晴らしいですな! 新たな国には大義がある。救世の勇者様が打ち建てた国が世界を救う。それに我がイエーラとリョースアールヴも協力する。世論も味方するし、何の問題もないでしょう」
ここでダンが口籠る。
少し、渋い表情だ。
「なあ……さっきから気になっているけど」
「何でしょう、ダン様」
「ヴェルネリ殿……そのダン様って、やめて欲しいんだ、敬語もね」
「いや! 私は態度を改めます……アリトン様が仰っていた通りなのです。古から、救世の勇者様は創世神様に等しいと」
『創世神』扱いされると聞き、ダンの表情は益々渋くなった。
「……いやいや、全然等しくないさ」
「等しくないとは?」
「ああ、それに俺は貴方の孫娘の婿だ」
「ま、まあ、それは確かに! 本当にありがたい事です」
やはり、ヴェルネリの態度は先ほどまでと全く違う。
ダンは、もう我慢出来なかったらしい。
「ヴェルネリ殿!」
「何でしょう?」
「話してみて、改めて分かった。貴方は聡明な方だ。それに進取的な考えも出来る。ただ長たる立場から長年培われた伝統と常識も大切にして行かねばならない」
「…………」
ダンに図星をつかれ、ヴェルネリは黙ってしまった。
僅かに苦笑したダンは、ヴェルネリへ問う。
「ところで、ヴェルネリ殿……ひとつ聞こう、俺は貴方と会う前と会った後で、変わったかな?」
「……いや、変わっていませんね」
「うん、自分でもそう思うよ。だからヴェルネリ殿、俺とは救世の勇者なんかではなく、ひとりの人間ダン・シリウスとして向き合ってくれるとありがたい。孫ヴィリヤの婿としてね」
「むう……それは」
「それに、俺は貴方から学びたい。貴方は、俺の知らない事をいろいろと知っている、経験もしている」
「…………」
再び、黙ってしまったヴェルネリへ、ダンは『逆手』を使う。
「なあ、頼むよ、爺ちゃん」
「じ、爺ちゃん!?」
いきなりフレンドリーに呼ばれ、ヴェルネリは吃驚した。
大きく目を見開いている。
一方、ダンはバツが悪そうに頭を掻く。
「ああ、俺はヴィリヤみたいに、貴方をお祖父様なんて呼べない。申し訳ないが……」
「ふむ……」
「爺ちゃん! 宜しく頼む! 不肖の孫だが」
再びダンから、懇願されたヴェルネリは、もう迷ったりはしなかった。
「……分かった! ダン! 宜しく頼むぞ、……我が孫よ」
ダンは両手を差し出し、ヴェルネリも同じく両手を出し……
ふたりは、がっちり握手をしたのである。