第128話「エリンとヴィリヤ⑥」

文字数 2,854文字

 気持ちを決めたエリンは、ヴィリヤへ話し掛ける。

「ヴィリヤ、聞いて……」

「…………」

 しかし、いくらエリンが呼び掛けても……
 ヴィリヤは、相変わらず泣くばかりだ。
 そこでエリンは敢えて慰めず、『逆手』を使う事にした。

「ヴィリヤ! ず~っと泣いていたって、駄目! な~んにも変わらないよ。そのままじゃあ、ダンからはガン無視だよ」

 エリンは、容赦なく叱咤した。
 すると、無言で肩を震わせて泣いていた、ヴィリヤが遂に反応したのだ。
 
「…………ガ、ガン無視? エ、エリンさん! そ、その言葉は聞いた事があります。徹底的に、完全に無視って事ですか?」

「その通り」

「い、い、嫌です」

 恋する乙女はやはり、『想い人』の事となると違う。
 恋が実らない上、まったく相手にされないなど、恋する乙女ヴィリヤにとっては死に勝る苦しみなのだから。

 突破口を開く、チャンスだ。
 エリンは、「ここぞ!」とばかりに、ヴィリヤを激励する。
 
「さあ! 顔を上げて! 前を向いて! ヴィリヤには、まだまだやるべき事が残っているでしょ?」

「はぁ…………の、残っている……私には、まだまだ、や、やるべき事が? ま、……まあ……そうですよね」

 エリンの叱咤&激励を聞いて、やっとヴィリヤが顔を上げた。
 大きくため息をついて。
 
 ため息をついたのには、理由がある。
 やるべき事……確かにヴィリヤの片思い的な恋より、大事な事がある。
 この迷宮へ3人で潜った、本来の目的があるから。

 元々このクランは、救助及び調査の仕事のみで組まれた、即席クランなのだ。
 そう、あくまで『仕事の為』のみで……
 だからエリンの言う意味とは、『仕事だけ』はきっちりやる。
 ヴィリヤは、当然そう思っていた。

 しかし、エリンの発した言葉の意味は、全く違っていたのだ。

「うん! ヴィリヤの恋の為にね。ダンに対して、やるべき事が、まだ残っているよ」

「え? わ、わ、私の!? こ、こ、恋の為に!」

 ヴィリヤは盛大に噛んでしまった。
 吃驚した。
 やるべき事が『仕事』じゃなく……自分の『恋』だなんて。
 予想外のエリンの言葉に、ヴィリヤは話が……見えない。

 戸惑うヴィリヤへ、エリンは問う。

「そうだよ、ヴィリヤ。貴女は本気でダンが好きなんでしょ?」

 この質問は、ヴィリヤにとって自信を持ち、答える事が出来た。
 なので、当然即答する。

「は、はい! 本気で好きですっ」

「なら、今、全力を出さないと、ヴィリヤは凄く後悔するよ。このままだと、もっと、もっとね」

「う、ううう……確かにぃ」

 エリンの言う通りだ。
 このままだと後悔するのは間違いない。
 だけど、ヴィリヤにはどこをどう進んで良いのか、『道』が見えないのだ。

 辛そうな表情のヴィリヤへ、エリンは再び問いかける。 

「ねぇ、ヴィリヤ、ニーナの事、覚えてる?」

「ニーナさん……はい」

 エリンに女性の名を言われ、ヴィリヤは記憶を手繰った。

 ニーナ……って……
 確か……ダンのふたりめの妻。
 王都の英雄亭という居酒屋(ビストロ)で出会った少女。
 可愛いメイド服で給仕をしていた、グラマラスな可愛い子……
 でも何故エリンは、今、急にそんな事を聞くのか?
 
 そんなヴィリヤの疑問に対し、エリンはすぐ答えてくれた。

「ニーナもね、今のヴィリヤと同じ状況だった。でも素直に、全身全霊でダンへ気持ちを伝えた」

「…………」

「女子の『好き』を受け止める、ダンの気持ちもある。だから最後に……決めたのはダン」

「…………」

「だけどその時……エリンは……ニーナを応援した」

 エリンが、ニーナを応援?
 さすがに今のヴィリヤなら、その意味が分かる。
 ……妻であるエリンは、「押しかける」ヴィリヤを、受け入れてくれるのだ。

「エ、エリンさん! そ、それって、まさか!」

「今回もエリンは同じ…………ヴィリヤの事も、応援する。恋に全力を出すヴィリヤならね」

「エ、エリンさん! あ、ありがとうございますっ!」

 ヴィリヤは、思わず感極まった。
 死ぬ思いで諦めかけた恋を、叶えるチャンスが生まれたのだ。
 無理もない。
 それも、妻であるエリンが、自分を助けてくれる?
 信じられない事だと思いながらも、素直に嬉しい。
 
「その代わり、もし結婚しても、ヴィリヤは3番目のお嫁さんだよっ」

「3番目の……ええ! 全然構いませんっ。そうか……エリンさんが、私を応援してくれる…………恋に……全力を出す、私ならば……」

「うん、そうだよ。でもね、エリンはOKだけど、ダンは言っていた筈。相手の事も考えろって……」

「…………」

「だからね、ダンの気持ちだって考えなきゃ」

「そう……ですね。ダンの気持ち……確かに……そうです。エリンさんの仰る通りです」

 ヴィリヤは大きく頷いた。
 
 逆の立場で考えてみる。
 そうだ。
 偉そうに、冷たくしていたヴィリヤのような女子など……
 もし自分が、ヴィリヤが相手の男子だったら、好きになる筈などない。

「そして、ヴィリヤのしがらみもね」

「私のしがらみ……」

「そう、しがらみ! そもそもヴィリヤには、結婚を約束した婚約者が居るでしょ?」

 エリンから、しがらみの『最たるもの』を聞かれたヴィリヤは、ハッとする。

「結婚を約束した婚約者…………あ! は、はい、そういえば居ました」

「い、いや……そういえば居ましたって……過去形じゃなくて、まだ居るでしょ?」

「ええ、言われてみれば、婚約したままです」

「もう! このままじゃ、まずいから……貴女の国へ一旦帰って、話し合わないと、いけないよ」

「はい! 何とかしないと、いけませんね」

 あっさり頷いたヴィリヤ。
 彼女の様子を見たエリンは思う。
 
 やはりヴィリヤは、事の大きさを理解していないと。
 エルフの詳しい事は分からないが、ヴィリヤは王族に近い立場なのだろう。
 で、あれば親の決めた結婚相手を、彼女の一存だけで、簡単に反故に出来るわけがない。

 そう、ヴィリヤには猪突猛進な部分がある。
 興奮してひとつの事に執着すると、自分の置かれた環境が、全く見えなくなってしまう性格なのだ。

 だからエリンはまるで子供を諭すように、優しく言い聞かせる。

「ヴィリヤ、良い? そんなしがらみを、ダンにぽいっと丸投げしちゃ駄目。まずは自分で何とかしなきゃ、覚悟をもって恋をしなきゃいけないのよ」

「覚悟を……もって……か。エリンさん、確かにそうです。私、感情が先走り過ぎて、何も考えていませんでした」

 ダンとの恋を成就させる為にまだ問題は山積み……

 しかし、少しでも光明が見えて来たヴィリヤは、エリンを見て嬉しそうに微笑んだのである。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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