第62話「エリンのお手伝い③」
文字数 2,245文字
エリンがエールのマグを運んだのは、先程から何度も催促していた客のテーブルである。
テーブル席には、20歳を少し超えたくらいの若い男達が4人座っていた。
さりげなくエリンが聞くと、彼等はやはり冒険者であった。
昼間にギルドで見かけた、クラン
だらしなく食べ散らかした、料理の皿がテーブルに載っている。
空っぽのワインボトルも数本、横倒しで転がっていた。
顔は皆、赤く染まっている。
もう結構、酒が回っているようだった。
エリンに対して見慣れない顔だという表情で、エールを注文した冒険者が問いかける。
「あれぇ、良く見るとニーナじゃない、一体君は誰?」
「エリンでっす」
名を聞かれたエリンが、軽い調子で答える。
こんな時は、固く真面目に答えてはNG。
ニーナの受け答えを見て聞いて、参考にしたものだ。
「エリン? 見ない顔だな……っていうか、すっげぇ可愛いなぁ! うわ! おっぱいも超でかっ! すっげぇうまそう!」
冒険者の若い男は、エリンを「じろじろ」と舐めるように見た。
男性の本能を剥き出しにした、嫌らしい目付きである。
他の男達も、同様であった。
いつものエリンだったら、容赦なく相手の頬くらい張るであろう。
だが、ヴィリヤの屋敷の門番の時とは違った。
ニーナの働きぶりから、このように見られるのも仕事だと、理解しているエリンに怒りは湧かない。
それどころか、逆に礼をいうくらい余裕綽々である。
「うふ、褒めてくれてありがとう。今日はエリン、英雄亭の臨時店員だよ、何か追加の注文ある?」
魅惑的なブラウンの瞳で、じっと見つめられた冒険者は、「ぽおっ」としてしまう。
ダンと結ばれてから……
エリンの笑顔は、自分でも気づかないほど、輪をかけて素敵になっていた。
男性から見たら、とんでもなく最高の女なのである。
「追加の注文って……それより君の事がもっと知りたいな? 彼氏居るの? もし居ないなら俺と付き合わない」
冒険者は、エリンをストレートに口説いた。
当然、エリンの返事はつれない。
ナンパも理解していたから、怒らないで済む。
「あ~、それってナンパ? ダメダメ、エリンにはもう夫が居るのでっす」
エリンに軽くあしらわれて、冒険者は吃驚してしまう。
目の前の美少女が、既に結婚していると聞いたから尚更である。
思わず、持っていたエールを落としそうになるくらいだ。
「夫が居る!? 君って人妻ぁ?」
「人妻ってお嫁さんの事? だったらそうだよ!」
エリンは、にっこり笑って肯定した。
自らダンの妻だと言い切るのは、何度やっても嬉しくなる。
しかし、諦めきれない冒険者は未練がましく言う。
「で、でも、その夫よりも俺の方がカッコよかったらさ、別れて俺と……」
エリンは、じっと冒険者を見た。
クラン
鍛えた身体は逞しく、言うだけあって顔もそこそこだ。
しかし、答えは明らかであった。
「ううん! ダンの方が全然カッコイイ」
ダン!?
聞き覚えのある名前が耳へ入り、冒険者が更に吃驚する。
「何だ、君ってあのダンの嫁かよ! あいつ巧い事やりやがって! 畜生、俺はやっぱニーナひとすじだ! ニーナぁ」
酔っぱらった冒険者は、悲しげに叫んだ。
ニーナはというと、エリンが見ても知らんふり。
かなりの大声だから、聞こえている筈だ。
周囲の仲間達が、面白がって囃し立てる。
「へへへ、お前、この前ニーナへコクって瞬殺された癖に何言っているんだよぉ」
「そうだそうだ」
「フラレ男、絶好調!」
仲間達からの散々な物言いに、冒険者は『切れて』しまう。
「くっそ! お前等だって『彼女』が居ないだろうがぁ」
冒険者の反撃に対し、囃し立てた仲間達は顔を見合わせる。
他人の不幸を喜ぶ楽しそうな表情が、極端に変わっていた。
「確かになぁ」
「俺達、全員ニーナにきっぱりふられているんだよなぁ……」
「誰が口説いてもダメらしいぜ」
仲間達の愚痴を聞いた、冒険者の目が遠くなる。
「ああ、今度もダメか……色々な女の子にコクって、20連敗! 俺の人生真っ暗だ」
哀愁漂う、男達の愚痴を聞きながら、エリンは思う。
このような店は、酒に酔った勢いもあって、男達はどんどん女を口説く。
ニーナのような美少女なら、尚更口説かれるだろう。
しかしニーナは、男達のありとあらゆる誘いを、一切断っているらしい。
その原因を、エリンは良~く知っている。
「ニーナ……やっぱり」
……ニーナは、ダンが好きなのだ。
絶対、一途に惚れているのだ。
エリンは、いろいろと考え込んでしまう。
と、その時。
他の客達からも、エリン達へ声が掛かる。
「お~い、こっち料理追加で~」
「私には赤ワインちょうだい!」
「おいおい、頼んだのはこっちが先だぁ」
エリンに引っ張られて、店内を一時ニーナが外したから……
客からの
「は~い、今行きまっす」
エリンは首を軽く振ると、また仕事に戻ったのであった。