第113話「ルーキーキラー②」

文字数 2,745文字

 人喰いの迷宮地下2階を、ひとりの女が歩いていた。
 エルフが好んで使う、独特なデザインの革鎧を纏った人間族の女だ。
 体躯は、男顔負けで大柄。
 肩まで伸びた黒髪に、漆黒の瞳を持ち、顔立ちも端麗である。
 迷宮の壁に取り付けられた、魔導灯の淡い光が女の横顔を照らす。

 たったひとりで危険な迷宮を歩いているというのに、何故か女には不安が見られない。
 「すたすた」と迷う事無く、真っすぐに歩いて行くのだ。
 女が目指すのは、階下へつながる階段であった。

 ……まもなく、その階段が見えようかとした瞬間。
 横道から、「ばらばらっ」と大勢の男達が現れた。
 全員革鎧を着用しており、冒険者のようだ。
 ざっと10人以上は、居るだろう。

 行く手をふさがれ、女は立ち止まった。
 軽く肩を竦めたようだ。

 リーダーらしき長身の男が、「にやにや」笑いながら言う。

「おほう、でっかいけど、可愛い姉ちゃん。おひとりさまで、どこ行っくのぉ?」

 最初に質問したリーダーの男に続き、残りの男達も、はやし立てる。

「そうそう、ここら辺は危ないぞぉ」
「いひひひ、迷宮は物騒だからなぁ」
「俺達が一緒について行ってやる、ボディガードだぞぉ」

 男達から「いじられた」、女の表情は変わらない。
 全く、臆した様子がない。
 男達の目の前で、手を軽く振った。

「いや、結構だ」

 女は同行を断ったのに、男達は色めき立つ。

「おお、そうか! 結構ってのはOKって事か?」
「やった、やったぁ」
「た~っぷり、可愛がってやるぜぇ」

 人数を頼んで、調子に乗る男達へ、女は「きっぱり」と言い放つ。

「要らん! どこかの押し売りみたいな詭弁を使うな。結構っていうのはノー、不要だって事だ」

 だが男達は、女に断られても、しつこく、めげない。
 まるで、執念深いハイエナのようである。

「おいおい、そんなつれない事言うなよぉ」
「そうだ、そうだ」
「逆ハーレム最高だぜぇ」

 にやにやする男達に対し、女も不敵な笑みを浮かべた。

「ふん、お前ら……この国のギルド所属の冒険者なら、合言葉を知っているな?」

「な、何だとぉ、このアマ」
「したてに出てりゃ、いい気になりやがってぇ」
「少し躾をしなきゃいかんなぁ」

 全く怯えない女を見た、冒険者の男達は意外だと思ったらしい。
 相変わらず凄もうとしていた。

 しかし女は、男達の恫喝を一切無視する。

「……では、合言葉を言うぞ。……我は万物の創造主、偉大なる創世神に誓う! 安全(セークールス)!」

 女は合言葉を告げた。
 だが、男達の反応はない。

「…………」
「…………」
「…………」

 無言になった男達を見て、女が面白そうに笑う。
 まるでこんな奴等は、全く危なくないとでもいうかのように。

「どうした? 合言葉を言ったぞ。お前達、返しの言葉を戻さないのか?」

 男達は、ずっと黙っている。
 女を見る目は、いつのまにか憎悪と殺意に満ちていた。

「…………」
「…………」
「…………」

 女は再び鼻を鳴らし、

「ふん……愚かな奴等だ。創世神への誓いを破れば、地獄に堕ちると心配しているのだろうが……」

「…………」
「…………」
「…………」

 男達が答えないのは、女の『指摘』通りであった。
 この世界では不思議な事に、悪党でも信心深い。
 改めて「創世神へ誓え!」と問われれば、はっきりと明言出来ないのだ。

 魔導灯の淡い光に満ちた空間に、女の嘲笑が響く。

「ははははは! 誓いなど関係ない! お前達がやっている事は立派な犯罪、既に地獄行き確定なんだよ」

 地獄行き確定!
「ずばん」と投げ込まれた直球の言葉を聞き、男達のタガは外れた。

「何だとぉ、くっそぉ!」
「この馬鹿アマぁ!」
「力づくでぇ、やっちまえ、おらぁ! 犯しちまぇ!」

「もう……本性を現したか? 馬鹿は……お前達だ」

 そう言うと、女はピンと指を鳴らした。
 瞬間!

 「ごう」と音を立て、紅蓮の炎が立ち上る。
 どうやら女は魔法を使ったらしい。
 襲い掛かろうとした男達は全員、呆気なく炎に包まれた。

 ぎゃああああああっ!
 ぐわああああああっ!

 悲鳴があがる。
 絶叫!
 阿鼻叫喚!

 男達は哀願する。
 燃え盛る炎に包まれながら……

「た、助けてく……れ」
「俺には……子供が……娘が」
「寝たきりの……お、お袋がぁ」

 しかし……

「お前達が乱暴し、殺した人達にも居たんだよ、愛する家族がな……」

 炎に照らされた女は、厳しい表情で、燃え上がる男達を見つめていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 女を襲って来た男達は、燃えカスになって迷宮に転がっていた……

 ひとり残された黒髪の女へ、少し離れた場所から見ていたらしい別の女がふたり、そして狼のような犬が一頭、近付いて行く。
 近付く女達へ、背中を向けていた女はパッと振り返った。

 美しい女は何と!
 男に変わっていた。

 実は、この女はダンであった。
 待ち伏せしていた男達を試す為、変身の魔法で女に擬態し、囮役になっていたのである。

『旦那様!』
『ダン!』

「うおおん!」

 近付いて念話で呼びかけた女達は……エリン、ヴィリヤ。
 そして、吠えた犬はケルベロスである。

 全員が消し炭になった男達を見た。
 ダンは、軽く息を吐く。

『見たか? ルーキーキラーとはこんな奴等だ。この地下2階は、冒険者としてデビューし、日が浅い者が最も多い。それに迷宮は密室で、地上と違って目立たない。……奴等にとっては絶好の狩場なのさ』 

『…………』
『…………』

 エリンとヴィリヤは言葉を返せなかった。
 ダンと男達の会話も念話を通じて送られていた。
 これまで散々悪事を働いてもいたし、非道な悪党を擁護する理由もない。
 しかし割り切れない……この気持ちは何なのだろう?

 今回、ダンは汚れ役を買って出てくれた。
 ルーキーキラーとの戦いでショックを受けるエリン達を気遣ってくれたのだ。

 仲間同士で殺し合うなんて、虚しい……
 ふたりの、そんな微妙な心の内を、ダンは代弁してくれる。

『俺だって同族は殺したくない。だが……クランの自衛と、今後犠牲者を出さぬ為には仕方がない』

『…………』
『…………』

 エリンとヴィリヤは、またも口を閉ざしてしまう。
 そして、

『はぁ……』
『はぁ……』

 迷宮の現実に触れたエリンとヴィリヤは、ダン以上に大きなため息をついていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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