第157話「ゲルダの決意①」
文字数 2,484文字
王都の中心にほど近い、ヴィリヤの屋敷である。
いつもダンが報酬を受け取る、ヴィリヤの書斎には、ダンと『妻達』、そしてゲルダが居た。
護衛も「一切不要」だと、配下達には伝え、書斎の両隣5部屋は完全に人払いを行っている。
その上、ダンが防音の魔法も掛け、エリンがカミングアウトする準備は万端であった。
そして……カミングアウトは行われた。
ゲルダの目の前には、ダンの変身魔法が解け、本来の姿に戻ったエリンが立っていたのだ。
先ほどから……ゲルダは吃驚し通しである。
ヴィリヤがダンと結婚すると聞いて、主の恋が叶った喜びと驚きが同時に襲い……
魔法を解いて貰い、ヴィリヤとゲルダ双方が本来の自分の姿に戻って、ホッとしたのも束の間……
今度は、エリンの姿が全く変わり、ゲルダは目を丸くして、固まってしまっているのだ。
「ダ、ダン!? こ、これは! エリンさんは人間族ではないですね! まさか! この姿は!?」
「うふふ、ゲルダの思った通り。エリンはね、ダークエルフじゃなかった、デックアールヴなのよ」
ダンの代わりに、ゲルダの問いに、あっさり答えたのは、ヴィリヤであった。
いかにも面白そうに、悪戯っぽく笑っていた。
「あうあうあう……」
ダークエルフ!?
何と!
呪われた民ではないか!
ショックのあまり、唸るだけで、言葉が全く出ないゲルダ。
そんなゲルダへ、エリンもにっこり笑う。
「うん! エリンはね、デックアールヴなの。良い? エルフもダークエルフも蔑称だから、今後、その呼び方は無しだよ、ゲルダ」
「…………」
遂には無言となってしまったゲルダへ、エリンは更に言う。
「エリンはデックアールヴ、ヴィリヤとゲルダはリョースアールヴ、忘れないでね」
「う……うう」
「ゲルダ、聞いて……エリンはね、本当に良い子なの……迷宮では、不安に陥った私を、ず~っと、支えてくれていたのよ」
「ヴィ、ヴィリヤ様……」
何とか、主の名を呼んだゲルダ。
そんなゲルダが、さすがに不憫だと思ったのだろう。
ダンが身を乗り出した。
「ゲルダ、いきなりで、驚くのも無理はない」
「ダン……」
「安心しろ、今のお前は、迷宮でエリンの素性を知った時の、ヴィリヤと全く同じ反応だ」
「ヴィリヤ様と同じ……」
エリンの正体を知った主と同じ反応……
そう言われても、ゲルダはまだ、自分の気持ちを納得させられない。
ここでダンは、またも提案をする。
経験済みの事象には、上手く行った事例が役に立つものだ。
そう、リストマッティが、慌てた時と同じなのだから。
「よし、こういう時は呼吸法だ。さあ、ゲルダ」
「は、はい!」
ゲルダも魔法使いである。
ダンの言う事を即座に理解した。
す~は~、す~は~、す~は~、す~は~……
徐々にゲルダの動悸が静まり、魔力と集中力も高まって来た。
ダンは素早く、ゲルダの様子を見抜く。
「うん、そろそろ、落ち着いて、話を聞く事が出来そうだな?」
「え、ええ……大丈夫よ、ダン」
「うむ、ゲルダ。俺はな、ヴィリヤにこう言った」
「…………」
「お前の価値観を、思いっきりぶっ壊すぞ……とな」
「価値観を!?」
「おお、話は単純明快だろう?」
価値観を壊すのが、単純明快?
ゲルダは、また話が理解不能になって来る。
「え? 単純明快なのですか?」
「はは、論より証拠。呪いなんか、くだらない迷信さ」
「…………」
「エリンと、ずっと一緒だった俺とヴィリヤが、こうして迷宮から無事に帰って来た。見ろ、怪我ひとつない、ピンピンしているだろう?」
「確かに……ヴィリヤ様もダンも元気いっぱいですね……」
「ん、というか、ゲルダも以前、エリンとは会っている。しかも……何度もな」
「確かに……」
「ゲルダ、最近、悪い事が起きたか?」
「……いいえ、全然」
「風邪とかひいて、体調を崩したか?」
「いいえ……健康そのものです。ヴィリヤ様が心配で、あまり食欲がありませんでしたが……」
と、その時。
ここで、ぼけをかましたのが……ヴィリヤである。
「あら? そんな事ないでしょ? 私が居ない間、食べ過ぎたの? ゲルダったら、ちょっと太ったかも……」
「はぁ!? ヴィリヤ様!」
珍しい主の冗談を聞き、つい頬を膨らますゲルダ。
ふたりのやりとりを聞いて、苦笑したダンが『何か』を取り出した。
「これから少し長い話をするが、その前に、ゲルダにはこれを見て貰った方が早い」
「こ、これはっ!?」
ダンが取りだしたのは、小さな銀製の指輪と、古めかしい紙であった。
紙には、品質劣化防止の、強力な魔法が掛けられているようだ。
「このふたつの宝を、万が一、紛失したら……俺の命をもって償うと、約束させられた」
「ダンの命をもって!?」
「ああ、デックアールヴのリーダーにな。彼から預かった指輪は銀の魔法指輪、そしてこの紙片は誓約書だ」
「誓約書……」
「このふたつの品は、とても意味があるものだ」
「い、意味が?」
「ああ、ゲルダ、誓約書は
「こ、これはっ!」
ゲルダが何度読み返しても、紙片には、はっきり書かれていた。
とんでもない事が……
アイディール王国開祖バートクリード・アイディール、彼の弟ローレンス・アイディール、そして4代目ソウェル、テオドル・アスピヴァーラのサインが記されている。
文言は……
この3人は、手を取り合い、無実の罪を負ったデックアールヴが幸せになる為、未来永劫、全面協力すると。
ちなみに、テオドルのサインの脇には……
アスピヴァーラ家は、永遠に、リョースアールヴの罪を償う……
そう、書かれていたのであった。