第49話「闘技場で大暴れ!②」
文字数 3,165文字
「ダン様……」
「何でしょう?」
「果たして奥様……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫とは?」
「まさか、ローランド様が……いきなり闘気を使うなんて……もしローランド様が本気になったら」
予想以上のエリンの力に、クローディアは驚いたらしい。
しかし『竜殺し』が本気になったら、とんでもない結果を招いてしまう。
美貌のサブマスターは高レベルの戦いに、上司の手加減は困難だと心配しているのだ。
しかし、ダンは一笑に付した。
「いやいや……これくらいでは本気になりませんよ、ローランド様は。まあ敢えて言うのなら本気というより元気になって貰いたい」
「元気にって? ダン様!」
クローディアは驚いた。
まるでダンは、ローランドの心の内を見透かすような言葉を発したのだ。
一方のエリンは、ローランドの凄まじい闘気をどうすれば打ち破れるか考える。
勝てない相手ではない……と思う。
ダンの話によれば、無敵とも見える『闘気』にも弱点があるという。
それは使用可能時間が極端に短いのと、同時にふたつ以上のアクションが起こせない事。
そして使用時間が長ければ長いほど、次の使用まで時間が掛かる事である。
ダンと事前に相談して、エリンが考え抜いた方法。
ひとつは逆手を取る事、そしてもうひとつはやはり自分の得意な戦い方に持ち込んで攻めるという事であった。
エリンの考える逆手とは、ローランドの得意な攻め方を逆に反撃に利用する事だ。
試合開始と同時に、先制攻撃をかけようとした事からも分かるが、ローランドの得意な戦法は接近戦である。
片や魔法剣士のエリンであるが、まともに打ち合ってはいかにもパワー負けする。
だから、相手の体力を削ろうと遠隔戦で魔法を撃っていたわけだ。
しかしエリンの得意な戦い方は、決して遠隔戦だけではない。
エリンは人間の魔法使いに擬態しているが、本当はダークエルフの魔法剣士だ。
ダークエルフの魔法剣士の神髄は、実のところ接近戦にある。
魔法剣士として攻撃法を極めた者は、素早い身のこなしで敵の攻撃を躱し、無詠唱で強力な攻撃魔法を至近距離から撃ち込む。
それも避けようがない距離から連続でだ。
この攻撃を受ければ、並みの相手はひとたまりもない。
この魔法剣士の奥義が、どこまでローランドへ通用するかは分からないが、試してみる価値はある。
それにエリンには、まだ繰り出せる奥の手がいくつか残っていたのだ。
瞬時に、攻撃方法をおさらいしたエリン。
息も整い、魔力も充分高まった。
そろそろ頃合いだ。
幸いローランドは先に仕掛けて来ない。
「行きます!」
エリンは思い切り大地を蹴った。
駆ける! 駆ける!
今度は素晴らしい速度でエリンがローランドへ迫る。
「む! 接近戦か!」
ローランドは少し驚いたが、バスタードソードを構える。
エリンがどのような剣技を使うかは不明だが、ローランドは今迄に様々な種族の老若男女の剣士と戦っている。
エリンが攻撃をかけたら、カウンターで倒す事も想定していた。
「
しかしエリンの口からは、言霊が放たれる。
放たれたのは数発の岩弾である。
ローランドまでの距離はわずか10m、先ほどエリンが放った距離のたった半分であった。
「おおっ!」
しかし、これだけならまだローランドは驚かなかった。
ローランドは優れた動体視力と身のこなしで容易く避けてしまったからだ。
彼が驚いたのは、エリンがすぐその後に時間差で岩弾を撃って来たからである。
そして間を置かずまたも撃つ!
もしや!
ローランドにはピンと来た。
この攻撃は、やはりダンのアドバイスが生きているのだ。
自分が使う『闘気』の弱点を突く攻撃なのだ。
ただ、エリンが放った岩弾は全然少ない。
先程の数十発にくらべれば微々たるものだろう。
そこだけが気になった。
そしてローランドはこの戦法を使う相手と戦った事がある。
これはエルフの魔法剣士特有の戦い方なのだ。
だがエリンは人間の少女である。
何故? と思う。
迷いが出たローランドへ、エリンは勝負に出た。
剣を振りかざして、打ちかかる。
キン! キン!
剣と剣が、ぶつかる金属音が闘技場に鳴り響く。
しかし、エリンの斬撃は容易く躱され弾かれてしまう。
驚くエリン。
うわ!
凄い!
何? この人!?
身体のキレが半端じゃない!
私の剣が……全然通じない。
もしかして動きが見切られてる?
打っても打っても当たらない。
力も、もの凄い!
当たっても軽く返される。
まともに戦うのは……やはり不利だ。
よっし!
次で勝負をかける!
一方、ローランドはエリンをあしらいながら感じた事がある。
やはりこの剣筋はエルフの剣だ。
何故!?
その時である。
エリンが、いきなり後方へ飛び退った。
5m後方へだ。
ローランドは相手から高まる魔力を感じる。
これは……また来る!
大量の岩弾だ!
エリンが放とうとしているのは、最初に放った夥しい数の岩弾だ。
先程は、20mの距離があった。
この5mの距離から放つ岩弾は、段違いの威力を発揮する。
反撃は難しい。
とりあえず守りに徹するしかない。
ローランドは、思い切りよく剣を投げ捨てた。
そして盾をひきつけ、両手を合わせて頭と身体を守る。
防御一辺倒の姿勢であった。
ローランドの体内闘気は、瞬時に最大限へと高められる。
間を置かず、エリンの魔法が発動された。
たった5mの至近距離から放たれた大量の岩弾がローランドにぶち当たる。
闘技場で鳴り響く轟音。
しかし!
恐るべきはローランドの闘気であった。
「おおおおっ!」
気合と共に放出され、張り巡らされた強力な魔力の防御壁が岩弾を弾き、ローランドは殆どダメージを受けていない。
「むう! おお、背後に!?」
岩弾を防ぎ切ったローランドの正面に、エリンは居なかった。
ローランドは向き直ろうとするが……足が動かない!
何故か足元の大地がぬかるみ、ローランドの足を飲み込んで行動不能にしている。
「こ、これは!?」
ローランドの身体の自由を奪ったもの……
これこそエリンの奥の手ともいえる、地の魔法『大地の束縛』である。
この魔法に、攻撃効果は無い。
しかし攻撃と組み合わせれば、これほど有効な魔法はないのだ。
そしてこの魔法の持続効果は僅か30秒だが、よほどの敵でなければほぼ自由を奪う。
エリンは無防備なローランドの真後ろに立ち、剣を構えながら再び魔法発動のスタンバイをしている。
ローランドは先程と同じくらい、エリンの魔力の高まりを感じていた。
あの大量の岩弾がまた来る。
全開で使った闘気は暫く使えない。
身動きも出来ないから、相当のダメージを喰らうだろう。
もしもローランドがその気なら、まだまだ戦える。
至近距離から放たれる岩弾のダメージを、竜鎧だけの防御力で堪え時間を稼ぐ。
そして復活した闘気を遣えば『大地の束縛』を振り切り、戦闘不能も回復出来るからだ。
しかし、この試合はランク判定試験である。
もう『充分』だろう。
ローランドはゆっくりと両手を挙げると大きく叫ぶ。
「降参!」
こうして……
エリンは模擬試合とはいえ、伝説の英雄『竜殺し』を打ち破ったのであった。