第172話「フィリップの驚き」
文字数 2,478文字
アイディール王国王都トライアンフへ戻った。
この王都での拠点は当分ヴィリヤの屋敷になる。
イエーラへ行っていた間に、早速、動きがあったらしい。
留守をさせていた護衛、つまり副官ゲルダの部下が、王女ベアトリスからの手紙を預かっていたのだ。
ヴィリヤが手紙を読めば、
何と!
このタイミングで、『神託』が出たという。
神託の内容は当然、記されてはいない。
いつもなら、王宮魔法使いのヴィリヤがベアトリスの下へ伺い、記載された書面を受け取り、ダンへ伝える形をとっていた。
ダンは神託……つまり災厄を払う任務をしゅくしゅくと遂行する。
しかし、今やダンの置かれた状況は変わった。
神託を無視は出来ないかもしれないが、課せられた使命も果たす必要がある。
そしてベアトリスの兄、この王国で実権を握る宰相フィリップから、協力の約束を取り付けなくてはならない。
ヴェルネリと同様に。
屋敷へは良い報せも入っていた。
冒険者ギルドのマスター、ローランド・コルドウェルがサブマスターのクローディアと共に、ダン達に協力する旨を、同じく手紙で伝えて来たのだ。
ダンは喜んだが、それ以上に喜んだのはエリンであった。
ローランドとクローディアが、一緒にクランを組むという、約束を守ってくれたと。
他には、アルバートやフィービーへの協力要請もあるが……
エリンの正体を知り、既に真実を知ったふたりは、基本、受けてくれるとダン達は見ていた。
となれば、後、残るのは、フィリップだけなのである。
夜になり……
ダン達は『英雄亭』へ向かった。
店主のモーリスや給仕役として働きながら待機しているニーナと合流。
やがて……
ローランドとクローディアもやって来て……
一行は、明るい未来を夢見て、大いに前祝を行ったのである。
全員と、すっかり打ち解けたヴィリヤは……
180度方針を変え、好きなワインを笑顔で、にぎやかに楽しんだのはいうまでもなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日午前、王宮……
ダン達はベアトリスの部屋に居た。
その向かい側には、車いすに座ったベアトリスだけではない。
何と!
兄のフィリップも長椅子に座り、並んでいた。
いつもはベアトリスのみで、ヴィリヤへ『神託』を伝える。
この場にフィリップが居るのは、全くのイレギュラーである。
時間は少し遡る。
実は……
王宮に着き、いつも通り、取次の為、ヴィリヤがベアトリスに謁見したが……
間を置かず、すぐに戻って来たのだ。
息を弾ませた、ヴィリヤの色白顔が、結構赤い。
とても興奮しているのが、はっきりと見て取れた。
「ダン、大変! ベアトリス様が全員にお会いになると仰っているわ。その上、フィリップ様も一緒なのよ」
「成る程……今回の神託、絶対に何かありそうだが……逆に、手間が省ける」
神託が何であれ、今日の本題は別にある。
宰相フィリップの協力を取り付ける事である。
そのフィリップが一緒なら、面倒くさい謁見手続きなしで、手間が省ける。
ダンの言う事は至極当然であった。
「ですね!」
「いよいよだよ、旦那様」
「行きましょう!」
ヴィリヤが相槌を打ち、エリンが気合を入れ、ゲルダが出発を促した。
今回は、ニーナもダンの妻として同行している。
生まれて初めて王族に会うという事で、とても緊張をしていたが……
こうして……
王宮護衛の騎士に連れられ、ダン達はベアトリスの部屋へ到着し、フィリップとベアトリスの兄妹に謁見しているという次第なのである。
まずはいつもの通り、
「ではベアトリス様、神託をお願い致します」
ヴィリヤが厳かな口調で、お願いすると……
意外にもベアトリスは、首をゆっくりと横に振る。
「うふふ、ヴィリヤ。私の神託は後で良いのよ」
「え? 後ですか?」
「はい! 今日のダンはお兄様に大事な要件がある筈。その話が終わってから、神託を伝えます」
「え? 宜しいのですか?」
「構いません!」
「じゃあ、ベアトリス様、お言葉に甘えて、俺が先に、貴女の兄上と話をさせて貰おう」
そのフィリップは、先ほどから「にこにこ」と笑っている。
この微笑みは、神託の内容を知っているのか?
それとも、ダンの話の内容を予測でもしているのか?
しかし、今日のダンは作戦を決めていた。
『切り札』がたくさんある。
なので、簡潔に、大胆に、真向ストレート勝負なのである。
「フィリップ様、今日はお願いがあって伺いました」
「ほう、お願い?」
「はい! 既に同じお願いをして、ソウェル様には全面的な協力をすると、約束を取り付けました」
「ほう! 全面的な協力……あのヴェルネリ殿がか?」
エルフのソウェル……
つまりリョースアールヴの長が、ダンに全面的な協力?
フィリップは全く話が見えないらしく、苦笑し、首を傾げた。
しかし、ダンは大きな声で返事を戻す。
「はい!」
「ふ~む……」
「さて! フィリップ様は王国宰相として、国内はもとより、世界の様々な事情に通じておいでです」
「…………」
「ですので、今からご覧頂くものが、俺の説明の代わりになるかと思います」
「ダン、これから私が見る物が? 君の説明の代わり?」
「はい! これらは……この国にとって、国宝にも等しいと」
「国宝……ふむ、ダン。君がそこまで言うとは、とても興味深い。ぜひとも見せて貰おうか?」
フィリップから請われて、ダンが取りだしたのは……
小さな銀製の指輪と、古めかしい紙。
「そ、それはっ!」
今迄は、比較的冷静だったフィリップも……
ダンが収納の魔道具から出した『宝』を見ると、大きな声を出して驚いたのであった。