第68話「度胸と愛嬌」

文字数 2,610文字

 エリンは、気持ちを固めた。
 ニーナの恋を応援すると。
 堅く閉ざされてしまった扉の、鍵だけを「開けてやろう」と決めたのである。

「ニーナ、それで良いの?」

「それで良い……とは?」

 エリンから言われて、ニーナは、戸惑っているようだ。
 相手の真意が見えない。
 それは、仕方のないことであろう。

 だからエリンは問いに答えてやる。

「ダンを諦めるのが、よ」

「で、ですが……ダンさんはエリンさんと」

 当たり前の質問だった。
 だから、エリンは即答する。

「うん、結婚してる」

「…………」

 きっぱりしたエリンの物言いに、ニーナは黙り込んだ。
 そこでエリンは、モーリスの提案を引き合いに出す。

「でもさっきお爺ちゃんも言っていたじゃない。この国ではニーナも『お嫁』さんにしてOKって、ダンに」

「…………」

「エリンはダンと別れない、これははっきり言っておくよ。エリンはダンが大好き、絶対に離れないもの」

「…………」

 ニーナは、ずっと黙っていた。
 ここでエリンは、話の核心部分を「ずばり」と言い放つ。

「でもね、もしニーナがダンのお嫁さんになりたいのなら……エリンは応援する」

「エリン……さん」

 もしや、とは思っていたのだろう。
 エリンの提案を聞いて、ニーナは目を潤ませた。
 正妻として、エリンはニーナを受け入れる。
 認める——そう告げたのだ。

「エリンが出来るのはここまで……後はニーナの行動次第、そしてダンの返事次第だね」

 いくらニーナが「好きだ」と気持ちを伝えても、ダンが応えるかどうか。
 断固として、ニーナを拒否するのなら、エリンだってそれ以上は無理押し出来ない。
 一方、ニーナは再び考え込んでいるようだ。

「…………」

「どうするの?」

 エリンは、白黒はっきりさせたい。
 ニーナに答えるよう、再び促したのである。

 答えを求められたニーナであったが……迷っているようだ。

「い、いえ……私、いきなり言われて今は頭の中が真っ白になっちゃって、どう答えて良いのか」

 ニーナの言葉を聞いて、エリンが分かった事がある。
 思ったら即、行動するエリンに比べると……
 ニーナは良く言えば慎重、悪く言えば臆病なのだ。

 しかしニーナには、充分に考える時間があった筈である。
 『想い』を伝えるチャンスも……
 そう、エリンは思う。

「ニーナ……エリンが、そうだよねぇ、急に言われて無理もないよねって……同意すると思う?」

「…………」

「エリンは、ダンに初めて会った時、助けて貰ってすぐに決めたよ……だけどニーナは、ダンを好きな気持ちをず~っと温めて来たんでしょ?」

「で、でも……」

「エリンはすぐ決めた、ダンに付いて行くって……後悔したくないから」

「後悔……」

「これ以上あれこれ言うのも嫌だから、もう最後にするね。多分、明日……エリンとダンは王都を出て旅立つよ。……暫く戻って来ないと思う」

 エリンは、そう言うと満足した。
 少なくとも、フェアになった筈だと考えた。
 ニーナも、『戦える舞台』に上げてやったと思う。

「戻って来ない……」

 ニーナは事実を確かめるように、まだエリンの言葉を復唱していた。
 躊躇(ためら)うニーナを見て、エリンはもう突き放す事にした。
 決断すべき時に、自分の行動を決められなくて、結局後悔するのはニーナ自身なのだから。

「じゃあ、お休み~、もう寝るね」

 いきなりの就寝宣言に、ニーナは驚く。

「え?」

「むにゃ……」

 エリンの、可愛い声が聞こえた。
 ニーナが気が付けば、エリンは隣のベッドで毛布を掛け、目を閉じて横になっているではないか。
 このまま、話が終わっていいわけがなかった。

「ままま、待って下さいっ!」

「むにゃ?」

「起きて下さい、お願いですから寝ないで下さいっ」

 ニーナの、必死な懇願に……
 エリンは横になったまま、目を少しだけ開けてニーナを見た。

「ん? 起きるけど、どうするの?」

「わ、私、決めました! 告白します! ダンさんへ好きって言います」

「分かった、だったらエリンは応援するよ。……後はダン次第だね」

「ううう、自分で決めたのに凄くドキドキします」

 ニーナは、胸を手で押さえていた。
 高ぶる気持ちを落ち着かせようとしているらしい。
 
 身体の震えと共に、大きなおっぱいが「ぶるぶる」揺れている。
 エリンが改めて見ても、……やはり大きな胸だ。
 もしニーナがお嫁さんになったら、ダンは自分同様に彼女の胸も好きになるに違いない。
 
「じゃあ、行こっか?」

 エリンが促すと、ニーナは「きょとん」とする。

「い、行く? 行くってどこへですか?」

「ダンの寝ている部屋だよ」

「ええええっ!? ダダダ、ダンさんの部屋ぁ!」

 夜中に、男性の部屋へ行く。
 それって!?
 驚いたニーナの顔が、トマトのように真っ赤になって行く。

「ニーナ、声大きい。皆起きちゃうよ」

 エリンが苦笑して首を振ると、ニーナは盛大に噛みながら抵抗した。

「だだだ、だって! いいい、今は夜中です、ダダダ、ダンさん寝てますよ」

「だから良い、こういう大事な話は静かな夜の方が良い。エリンがダンを起こしてあげるから」

「ううう」

 筋の通っているような、そうでないような……
 微妙なエリンの主張に、主導権を握られたニーナは従わざるを得ない。
 唸るニーナに対して、エリンは「にっこり」笑う。

「昼間言ったよ、仕事は戦い。女子は恋も戦い!」

「恋も……戦い」

 エリンは、欲しいものは戦って勝ち取れと、告げているのだ。
 逃げたり、避けていては、絶対手に入らないと。

「そう、逃げてちゃ、恋は出来ないよ。女は度胸!」

「え? 女は愛嬌じゃないのですか?」

 何か違う例えに、ニーナは怪訝そうな表情になった。
 しかし、エリンは笑顔のままきっぱりと言う。

「両方必要!」

「……分かりました、私、ダンさんへ好きって言います。これから告白しに行きます」

 遂に、ニーナの気持ちは固まったようである。
 ニーナの大きな鳶色の瞳が、強い意思の光を宿して、エリンを見つめていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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