第78話「王都を後にして」
文字数 2,507文字
キングスレー商会での買い物を終わらせて、身支度をすると王都を出発した。
3人は、キングスレー商会で買い求めた革鎧を身に纏っていた。
衣服と同様に誰かが着た中古品であったが、状態の良いものがあったので買い求めたのだ。
武器は、ダンが鋼鉄製のロングソード。
エリンとニーナが、銀製のショートソードを腰から提げていた。
全員が完全に、冒険者の出で立ちであった。
王都の正門を出る時には、例のヤキモチ門番から「リア充爆発しろ!」と大声で言われた。
だがエリンはもう慣れたので、何とも思わなかった。
「さよなら、王都」
振り返って、正門を見たニーナは小さく呟いた。
生まれてから18年、住み慣れた故郷である王都をとうとう離れるのだ。
感傷に浸るニーナの肩に、「ポン」と手が置かれた。
温かく、大きい手だ。
……ダンである。
「また、買い物にでも来るさ。俺にもいずれ仕事が来る」
また、王都へ来る。
買い物以外、他にいろいろと用事もできるだろう。
それにダンへは、王家から『仕事』も来る。
いずれにせよ、もう二度と王都へ来ないわけではない。
ダンの笑顔を見て、ニーナも笑顔で戻す。
「そうですね」
「さあ、出発だよ!」
エリンの掛け声で、3人は南へ延びる街道を歩き出す。
しかしニーナには、すぐ衝撃的ともいえる出来事が待っていたのだ。
ダンは周囲をうかがうと、歩いていた街道を外れて、人けのない雑木林へと向かったのである。
不可解な行動に、ニーナは恐る恐る問いかける。
「あ、あのぉ……もしかしてトイレとかですか?」
他人へ気を遣う、ニーナらしい質問である。
「違う、違う」
ニーナがダンへ聞いても、笑うだけで答えない。
仕方なくニーナは、エリンへ問う。
「エリン姉、ダンさんがこれから何をするのか知っていますか?」
「うん、知ってる。大丈夫だよ、ちょっと吃驚するかもね」
ちょっと、吃驚する?
ニーナは「また?」と思う。
別に吃驚するのは嫌ではないが、今度は何なのだろう。
いずれにせよ、また口に手をあてなければと思う。
必要な時は思い切り叫ぶが、女子の大きな悲鳴は目立つから。
何かまた、特別な魔法でも使うのだろうか?
ニーナには、想像もつかなかった。
エリン、ニーナと手を繋ぎながら、歩くダンが笑顔で言う。
「こんな時、たまに興味本位で後をつけて来る奴が居るから注意するんだぞ、エリン、ニーナ」
「了解!」
「りょ、了解です」
幸い、後をつけてくる者は居ないようだ。
ダンの索敵、エリンの気配察知には誰の反応もなかった。
「さあ、ここらで良いだろう」
来た場所は、雑木林の真ん中。
木々が3人の姿を遮蔽している。
ダンは、ゆっくりエリンとニーナを抱き寄せた。
愛するダンから抱かれた、ふたりの美少女はつい甘えてしまう。
「うふ、ダン」
「ダンさん!」
「良いか? ふたりとも、俺にしっかり掴まっていろよ」
ダンが注意を促した瞬間、転移魔法が発動した。
3人は、その場から煙のように姿を消していたのである。
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「ふわっ!」
ニーナは、呆然としていた。
王都近郊の雑木林に居た筈なのに、ここはどこだろう?
いきなり意識が遠くなったと思ったら、周囲の景色が全く違っているのだ。
大きく目を見開き、口をポカンと開けるニーナ。
ダンが、握っていた手を優しく「きゅっ」と握ってくれた。
「ニーナ、驚かせて済まない。俺が地の精霊の加護を受けた転移魔法を使ったんだ」
「ててて、転移魔法?」
転移魔法?
転移魔法って何?
魔法使いではないニーナは、わけが分からない。
しかし今居るのが、王都とは全く違う場所だというのは確かだ。
そして、はっきり言えるのは……
ダンは、やはりとんでもない人だという事である。
「え、ええっと……て、転移魔法ですか?」
「ああ、便利だろう?」
「は、はい……」
何とか返事をしたニーナを見て、エリンが何故か口を尖らせる。
「ダン、やっと上手くなった。最初は酷かった」
酷い?
酷いって何だろう?
魔法の失敗とか?
ニーナは、思わず聞いてしまう。
「最初は酷かった?」
「そうだよ、最初はダンったら計算間違えて、大空から落ちそうになった」
「え?」
「跳んだ先が大空なんだもの。エリン、手をバタバタしちゃった! 落ちて死ぬかと思ったよ」
「ははは、済まん。もう気を付けるから許してくれよ」
「うん、許す」
「ぷっ」
エリンが、大空で手をバタバタ?
つい想像したニーナは、面白過ぎて笑ってしまう。
ダンとエリンのやりとりが、とても滑稽なせいもあった。
ニーナは改めて、目の前にある家を見る。
高い山々に囲まれた、雑木林があちこちに点在する草原の中に、「ぽつん」と建つ一軒家だ。
柵に囲まれた敷地の中で、大きな犬が嬉しそうに吠え、鳥小屋ではニワトリ達がにぎやかに鳴いている。
家の屋根の上では黒猫が丸くなり、気持ち良さそうに寝ていた。
敷地の奥には、青々とした畑が広がっている。
周囲を見ても人家は全く無く、人の気配も無い。
まるで、世間から隔絶されたような家。
のんびりした風景を見るエリンの頬を、「ふわっ」とそよ風が触る。
とても気持ちが良かった。
傍らで見守るエリンは、ニーナの様子を見て懐かしく思う。
自分と、同じ事を考えているのだと感じる。
エリンが初めて、ダンの家へ連れて来て貰った時、同じ反応だったから。
「ニーナ、今日からここがお前の家だ」
「私の……家」
「そうだよ、ニーナ。エリン達3人で暮らす家、家族全員で住む家なんだよ」
家族全員で住む家……
これから、どのような暮らしが待っているのだろう?
ニーナの胸は、大きな期待に膨らんでいたのであった。