第54話「王宮魔法使いの叫び」
文字数 3,235文字
エリンに殴られた門番は治癒され、ダンのかけた束縛の魔法は解除。
……騒ぎは収まっていた。
ダンとエリンはヴィリヤの書斎に案内され、豪奢な
向かい側の
ヴィリヤは菫色の瞳で真っすぐにダンを見つめており、先ほどからエリンを見ようともしない。
ゲルダはというと、無表情を装っているが、良く見れば懸命に笑いを堪えているようだ。
真面目な表情のヴィリヤが、厳かな口調で言う。
「ダン、この度も、良く務めを果たしてくれました」
しかし、ダンは首を振った。
「……それは良いが、まず挨拶だろ? お前には初対面の、俺の連れを紹介させてくれよ」
門番とのトラブルを収集した際も、今もヴィリヤはエリンを見もしない。
まるでエリンなど、最初から居ないというような態度であった。
当然、エリンはご機嫌ななめだ。
ダンにそう言われても、無視してヴィリヤは話を進める。
「……貴方を呼んだのは、魔王アスモスを見事に倒したと、巫女様から完了の神託があったからです」
「無視かよ! ……まあ良いけど」
ダンは、苦笑していた。
ヴィリヤの話が、だんだん熱を帯びて来る。
「何とも素晴らしい! 貴方は今回も難事を成し遂げてくれたのです! これも創世神様のご加護! 偉大なる創造主に感謝を捧げ……」
自分に酔ったヴィリヤは、いつも話が長い。
変に、勿体ぶっている。
創世神へ深い信仰があるせいだろうが、ダンからすれば御免こうむりたい。
「うん、分かった! じゃあさっさと報酬くれ」
あまりにもストレートなダンの物言いを聞いて、ヴィリヤの目が大きく見開かれる。
「報酬!? ま、まだ、話が終わっていませんっ!」
「良いよ、もう……どこかの校長の朝礼みたいな、くだらない長話はやめてくれ」
「はい~っ? あ、貴方には、創世神様を敬う心がないのですか?」
「ない!」
きっぱりと、言い切るダン。
傍らで、エリンも吃驚している。
この世界で、創世神を信じないと言い切るのは大変な事なのだ。
「ななな、何ですって!?」
案の定、ヴィリヤは口をぱくぱくしている。
まるで、酸欠に陥った金魚のようだ。
そんなヴィリヤへ、ダンは「しれっ」と言い放つ。
「俺は自分の為、そして金の為にやっている、割り切ってな。ほら、大事な家族も出来たから稼がにゃならん」
「だ、大事な家族? そ、その子が?」
「お? 漸く現実逃避をやめたか……そうさ、エリン、自己紹介しろ」
話の流れで、仕方なくエリンを認めたヴィリヤ。
ここぞとばかりに、ダンが促す。
エリンが、自己紹介する絶好のチャンスである。
「了解! うっふふ、私がダンのお嫁さんのエリンでっす」
「は? な、何? 貴女、誰?」
ヴィリヤは、往生際が悪い。
どうしても、現実を受け入れたくないようだ。
エリンは、止めを刺すように大声で叫んでやる。
「お・よ・め・さ・ん!」
「おおお、お嫁さん!? 誰の?」
「ダンのお嫁さんに決まってるじゃない? 馬鹿なの、貴女?」
「馬鹿なのって!? 失礼な! この高貴な私に向かって!」
「馬鹿だから馬鹿って言っているの! 何度も同じ事言わせるからよ」
エリンの罵倒に、耐え切れなくなったのであろう。
ヴィリヤは、ダンに向き直る。
「ありえない! な、何故!? 女嫌いの貴方が結婚するのですか!」
とんでもないヴィリヤの質問を聞いて、ダンが肩を竦める。
「話をねつ造するなよ……何で、俺が女嫌いなんだ……」
エリンには、はっきり分かる。
ヴィリヤの動揺した態度。
そして、隠せない波動。
ダンに対して、ヴィリヤのほのかな思いを感じる。
何故? という気持ちはあるが、ここは憎き相手に連続攻撃するしかない。
「そうだよ! ダンが女の子嫌いなわけないじゃん! 結婚したのはエリンと愛し合っているからだよ~、ね~、ダン?」
エリンは甘えた声で言うと、ダンに飛びついた。
「おお、そうだな」
ダンもエリンをしっかりと受け止め、ふたりは熱く抱き合っているような雰囲気となる。
こうなると、ヴィリヤは我慢出来ない。
「や、やめなさい、公衆の面前で何と
「良いじゃないか、お前だって普段、婚約者とハグしているだろう?」
エリンは、首を傾げる。
このエルフ女には、婚約者が居るのだ。
多分同族なのだろう。
なのに、何故?と思う。
一方、ヴィリヤはダンの指摘を真っ向から否定する。
「してません! 結婚するまで、わわわ、私は清らかな身体でいるのですから」
「分かった! じゃあ頑張って清らかでいてくれ! もう話は終わりだ、報酬くれ!」
「イヤ!」
「はぁ? イヤって何言ってんだ?」
「報酬は……支払いません、私が納得するまでは」
「おいおいおい! ヴィリヤ……俺が誰と結婚しようが関係ないだろ? お前が納得出来る、出来ないは関係ない。それに支払うのはお前の金じゃねぇ、俺宛に支給された王家の金を預かっているだけじゃね~か」
「嫌です! 断固として支払いません」
ダンは、
以前エリンと交わしたのと同じような会話だ。
エルフ族は皆、こう駄々っ子なのかと思う。
ダンは苦笑すると、ヴィリヤの背後に立っているゲルダに視線を向けた。
「仕方ない……ゲルダ、支払い頼む」
「分かったわ、今回の報酬は金貨5千枚ね」
主を擁護するかと思いきや、ゲルダは素直に応じた。
「おう、確かその金額だ。お前は主人と違って分別がある」
ダンが褒めても、ゲルダは表情を変えない。
「当たり前だ」という顔付きをしている。
「当然です、契約なのですから」
ここでヴィリヤが金切り声をあげる。
「ゲルダ! 勝手に払わないで!」
しかし、ヴィリヤの叫びは華麗にスルーされた。
ダンとゲルダの話は、粛々と進んで行く。
「ダン、支払いは大きいの、小さいの、どっち?」
ゲルダの質問は、金貨の単位に関してである。
高額な金貨は、かさばらないが使いにくい。
だが、金貨5千枚は重すぎる。
普通に考えたら、持ち歩くなど不可能だ。
ダンは収納の魔法を使うから不可能ではないが、ゲルダの方も運んで来るのが大変だから。
「取り混ぜたい、内訳は任せる」
ダンの希望は、いくつか金貨の種類を混在させ、バランス良く支払って欲しいというものだ。
至極、真っ当な答えである。
当然、ゲルダは快諾する。
「了解!」
「やった! ダン、お金一杯貰えるね」
「ゲルダぁ!」
エリンも加わったダン達の話を止めようと、再びヴィリヤが叫ぶ。
まるで、聞き分けの無い子供のように。
だが、ゲルダは首を横に振る。
言う事を聞かない子供には、きちんとした躾が必要なのだ。
「ヴィリヤ様! これは王家とダンの契約です、私達は仲介者に過ぎません。貴女の勝手な意思で、報酬を不払いにするなど許されないのです」
「何故!? 私はエルフの長であるソウェルの孫娘よ、お前は私の言う事が聞けないの?」
「聞けません! いくらヴィリヤ様の希望でも……創世神様の神託もありますから」
「ううううう~」
ヴィリヤは凄い目でエリンを睨み、犬のように唸ると、「すっく」と立ち上がる。
そして書斎の扉を開けると、荒々しく閉めて退室してしまったのであった。