第130話「宝箱①」
文字数 2,254文字
冒険しながらも、ずっとずっと気になっているのだ。
それは何かと言えば……
『ねぇ、旦那様。またスルー?』
おねだりポーズで、エリンが聞いても……ダンは素っ気ない。
『ああ、要らん。こんな浅い階、どうせ大したものなんて入っていない』
『ふうん…………』
そして、
『ねぇ、旦那様。やっぱり……スルーなのぉ?』
『ああ、スルーだ。俺達は先を急ぐ。第一、ウチのクランには専門のシーフが居ない』
『確かに、そうだけど…………』
という不毛な会話が、ダンとエリンの間で何度も何度も繰り返され……
さすがに見かねたヴィリヤが、
『ねぇ、ダン。今回も放置なのですか?』
と、聞いても……
『ああ、放置。それで決定』
あえなく、きっぱりと返されてしまった。
この不毛な会話が、何故何度も繰り返されているのか?
……実は、迷宮につきものの『宝箱』に関してなのである。
迷宮を探索していると、宝箱を見つける事がある。
床に固定されていたり、魔物が大事そうに抱えていたり……
人間も、エルフことアールヴも、そういった『戦利品』に興味がある事に変わりはない。
しかし……
ダンが宝箱を『無視』するのには
今回の、探索の目的が調査と救助である事。
浅い層の宝箱の中身は、価値があまりない物が殆どな事。
そしてダンが言うようにクランに本職のシーフが居ない事等々。
諸々の理由で、見つけた宝箱は完全スルーなのである。
中でも、シーフの不在が、理由として最も大きかった。
3人とも、基本的には魔法使いだから。
ところで、その『シーフ』だが……
元々の言葉は、『泥棒』を意味する。
だが『クランにおけるシーフ』は、全く意味合いが違う。
戦士に比べ、戦闘力はそこそこだが、どのメンバーより先んじて偵察&探索を担う立ち位置なのである。
まあ、一応、クランにシーフ役は居る。
ダンの従士であるケルベロスに、偵察兼務の『シーフ』をやって貰ってはいる。
とはいえ、ケルベロスには『ある役目』が果たせない。
基本は、盾役兼攻撃役なのである。
だが、シーフにはもっと重要な役目がある。
それが、ケルベロスには果たせない役目なのだ。
そもそも……
冒険者は何故クランを組み、迷宮へ潜るのか?
それは魔物と戦い、自身を強くなるよう鍛える為?
……正解である。
更に、もっと大きな理由がある。
それは迷宮で大きく稼ぐ為、レアなお宝ゲットを目指すからだ。
お宝を、ゲットする方法は様々だ。
ダン達を襲ったルーキーキラーのように、同胞を襲って強盗の如く奪うのは論外だが……
不幸にも斃れた、冒険者の遺品を貰うのは基本問題がないとされていた。
また倒した魔物が「落として行く」とかも良くある。
それ以上に、ポピュラーなのが『宝箱』なのである。
この宝箱から貴重な『お宝』をゲットするのが、一番分かり易く確実な方法なのだ。
しかし宝箱は、おいそれと『お宝』を提供してはくれない。
当然ながら、しっかり施錠されているし、その鍵自体、複雑な構造で簡単には開かない。
その上、もっと厄介な事がある。
殆どの宝箱に、えげつない罠が仕掛けられている。
冒険者に対し、強烈なダメージを与え、死に繋がる致命傷に至る場合もあるのだ。
こういった罠は……鍵を壊したり、無理やり開けると発動する。
例えば……
爆発したり、毒霧が吹きだす。
魔法により、眠らされたり、麻痺させられたり、石化させられたり……
とんでもなく大きい音が鳴り響き、周囲の魔物を呼び寄せたりもするのだ。
こういった、酷い目に遭わない為に、シーフの出番となる。
宝箱の鍵を開錠するのは勿論、罠の種類を判別、そして解除するのが、シーフの役目なのである。
他の職業で、シーフと同様に宝箱を安全に開けられる者は皆無に等しい。
戦闘力が高くないシーフを、どのクランも抱えるのは当たり前だといえよう。
話がだいぶ、遠回りになってしまったが……
こうした事から、ダン達はずっと宝箱をスルーして来た。
だけど……
一体、宝箱の中に何が入っているのか?
人一倍、好奇心旺盛なエリンはもう我慢が出来なかった。
『ねぇ! もういいかげん宝箱を開けたいっ、ヴィリヤもそう思わない?』
エリンから聞かれ、ヴィリヤも「ぶんぶん」と何度も頷く。
『確かに、気になります! ねぇ、エリンさん、シーフが居なくても何か方法がある筈ですよねっ?』
『そうそう!』
もう100%どころか、120%……エリンとヴィリヤは意気投合していた。
「がっつり」と、タッグを組んでいる。
ふたりに、仲良くなって欲しいダンは喜ばしい!
そう、確かに喜ばしいのだが……この場合は、複雑だ。
『…………』
黙り込んだダンへ、容赦ない『口撃』は続く。
『ねぇねぇ、旦那様ぁ!』
『ねぇねぇ、ダン!』
『…………』
『開けろ! 開けろ!』
『そうだ! そうだ!』
度重なる口撃に、とうとう……ダンは折れた。
『分かった……』
『やったぁ! お宝ゲットだぜぇ!』
『やりましたね、エリンさん』
エリンとヴィリヤは、思わず抱き合って喜んだのである。