第43話「冒険者ギルド⑦」

文字数 2,682文字

 『人間』の優しさに感激して、思わず「ぼうっ」としているエリンへダンが促す。

「エリン、このような時はローランド様にお礼を言うんだ」

「は、はい! ローランド様、ありがとうございます」

「いえいえ、エリンさん、奥方としてダン殿を宜しくお願いします」

 ローランドは、優しくふたりを見つめていた。

 エリンは更に、気持ちが穏やかになっていた。
 ローランドの気配が、とても懐かしいからだ。
 まるで、今は亡き父のような波動を発している。

 この人……温かい。
 何か、死んだお父様みたい……
 ……多分、良い人なんだ。

「後は、エリンさんのランク判定ですな……私が直接お相手しましょう」

 エリンのカードの記載を見たローランドは、満足そうに頷いていた。

 ギルドマスターのローランドが、異例ともいえる試験官を務める。
 それはダンの存在自体が、王国の秘密事項である事を顕著に表していた。
 しかしローランドの対応は、単に仕事としてだけではない。
 言葉の端々に、ローランドの心遣いを感じるのだ。

 そしてエリンが感じた事を、ダンも分かっている。

「申し訳ない……ローランド様、恩に着ます」

「何の、何の……その代わり」

「ははは、エリンのランク判定試験が終わった後に、俺がローランド様の練習相手をすれば良いのでしょう?」

「さすが! こちらこそ、申し訳ない」

 初めてローランドが、白い歯を見せて笑った。
 まるで子供のように。
 ダンと手合わせするのが、楽しみで堪らないようだ。

 ここで、エリンが問い掛ける。
 何かを確かめたいらしい。

「ダン、ね、ねぇ……ちょっと聞きたいのだけど……」

「何だ?」

「エリンが受ける……ランク判定試験って? 具体的に何をどうするの?」

「ランク判定試験というのは、エリンの冒険者ランクを決める試験さ。ローランド様が直接相手をしてくださる。やるのは模擬戦闘……いわば練習試合だな」

 ダンの説明を聞いて、エリンは何をやるのかは理解したようである。

「練習試合かぁ……う~、エリンはダンと戦ってみたい」

 しかしダンは、また首を振る。
 どうやらダンが、相手を出来ない理由があるようだ。

「うん、単に戦いの訓練なら俺が相手でも良いけど、これからやるのは冒険者ギルドのランク認定試験。身内の者が試験官にはなれないのさ」

「そう……なんだ」

「ああ、身内だと贔屓するって疑いが出る。試験官というのはあくまで第三者が行うものなんだ」

「むむむ、エリン、良く分からない。あ、そうだ!」

 ここで、エリンがポンと手を叩く。
 何やら、思い出しをしたようだ。

「何?」

「さっき聞いたじゃない、ダンがランクBなのはおかしいって話! 今、思い出した!」

 ダンが冒険者ランクB……最強じゃない。
 エリンの疑問は、心にずっと留まっていたのである。

 ローランドは、相変わらずにこにこしている。

「ははは、エリンさんの疑問は尤もだ。……ダン殿はエリンさんには?」

 ローランドの、ダンへの質問は「エリンへ全てを話したのか?」という問いかけであった。

「ああ、話しました」

 「当然だ」という、ダンの表情を見たローランド。
 「うん、うん」と頷いている。

「そうでしょうね、貴君の一生の伴侶となる方だ。ならば申し上げましょう」

「ローランド様、ほどほどに」

 ダンが、やんわりとブレーキを掛ける。
 あまり自分の事を、持ち上げて欲しくないという表情だ。

 しかし、ローランドは誇らしげに言う。

「いえ! ダン殿は本来ならば文句なしのS、それもSランク冒険者の頂点とも言えるランクSでしょう」

 ローランドが文句なしの太鼓判を押したのを聞いて、エリンの顔が「ぱあっ」と明るくなる。
 やっぱりそうだ。
 エリンの思った通り、ダンは『最強』なのだ。

「ローランド様! ダンは強いよね! 最強だよね!」

「ははは、エリンさんの言う通りだ」

「でも何で……ランクがBなの?」

 事実は分かった。
 ギルドで一番偉い人までもが、ダンの強さを保証してくれたのだ。

 しかし……ダンはランクB……3番目。
 エリンの疑問は、まだ解けない。

 ここで、ダンが手を挙げる。

「それは俺から言おう。ランクSなんかになって絶対に目立ちたくない! それがひとつ」

「目立ちたくない……そうなんだ」

「ああ、他にも理由はある……ランクSやランクAは王家から断り不可能な緊急命令があったり、ギルドの運営に関わる事もありえるからさ」

「王家の命令? それって……」

「ああ、俺はもう王家の為に充分働いている。だけどランクSになって発令された王家の命令を正面きって断れば角が立つし、もし拒否が通れば他のランカーからも不公平だと睨まれる。ローランド様の前で申し訳ないが、正直ギルドの運営に関わるのも真っ平御免だ」

「いえいえ、良いのですよ」

 やはりローランドはダンの『事情』を全て承知している。

 その上で、ダンを信じてくれている。
 何故か、自由にさせてもくれているのだ。

「そろそろエリンさんの試験の準備をしましょう」

 ローランドは立ち上がると、執務机まで行って机上の何かを押した。
 音は鳴らなかったが、どうやら呼び出しベルのようだ。
 暫くすると、扉がノックされたのである。

 呼ばれたのは……

「マスター、ローランド様……御用でしょうか?」

「ああ、クローディア。闘技場を押さえて欲しい、大至急だ。私が直々に判定試験を行う」

「了解しました、調整しますので約30分お待ち下さい」

 クローディアは、やはり有能なようだ。
 上司のいきなりの命令に間を置かず、「すらすら」と答えたからである。

「闘技場で試験?」

「はい、人払いして秘密裏に行うのです。それにエリンさんの試験が済んだらダン殿とゆっくり手合わせしたいですからね」

 どうやらローランドは、エリンの試験の後の事を考えているようだ。
 ローランドにとって、エリンは腕比べをする相手として眼中にないのであろう。
 何か思いついたらしいダンが、悪戯っぽく笑う。

「エリン、久しぶりに思う存分暴れてみたらどうだ?」

「分かった!」

 どうやら試験官であるローランドに、エリンの実力を見せて良いという事だろう。

 ダンの意図を読み取り、エリンは気合の入った表情で頷いたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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