第18話「親しき仲にも、臭いあり②」

文字数 2,754文字

「だって、トイレを造らないとまずいだろう? 昨夜エリンには辛い思いをさせちゃったしな」

 ダンはあまり深く考えずに、あっけらかんと言う。 

 エリンにとって、あまり思い出したくないといった表情である。
 顔をしかめるエリンの脳裏に、少しずつ昨夜の記憶が甦って来た。

 初めて飲んだ口当たりの良さで、つい気が大きくなって、マグカップのワインを3杯も飲んだエリン。
 当然、夜中にトイレへ行きたくなって、ダンを起こしたのである。
 
 しかし何という事か……
 ダンの家にトイレは存在しなかった。
 何故ならば周囲には人家が全く無く、気儘なひとり暮らしのダンには、トイレなど必要なかったのだ。
 
 エリンは長時間迷った挙句、仕方なしに庭で用を足した。
 自分のあられもない姿を、ダンに見られるのはとても恥ずかしかった。
 だがそれ以上に、ひとりぼっちになるのが嫌だったので、ダンには見守って欲しいと頼んだのだ。  
 結局、エリンは用を足す一部始終を、ダンに見られてしまった。

 しかしこれが禍を転じて福と為すという事になる。
 自分の全てを見られたエリンはますます遠慮がなくなり、ダンに思いっきり甘えてしまう。

 家へ戻ってから床に寝ようとしたダンを見て、初めてひとりで寝ていたと知ったエリンは寂しいと駄々をこねた。
 引き気味のダンを強引にベッドへ引っ張り込んだのだ。
 ちなみにエリンはダンが添い寝してくれて安心し、あっという間に寝込んでしまった。
 
 ……結果、ふたりの仲はまだ『他人』である。

 閑話休題。
 ダンのトイレ増築の提案に対して、エリンは口籠りながら同意する。

「ううう、確かに……トイレは必要かも……いくらダンでも……エリンのあの姿を毎回見られるのは恥ずかしいよ」

 一方のダンはエリンが元気をなくしたのを見て、「恥をかかせてしまった」という気持ちが起こった。
 
「ああ、悪かったな。俺はトイレに行きたくなったらそこら辺で適当にして、土を掛けて埋めていたから……後は自然に肥料になる」
 
「…………」

 ダンは男だ。
 周囲を気にせず、気楽でいい。
 自然の中で、思い切り用を足すのは爽快感以外のなにものでもない。
 しかしエリンは年頃の女の子であり、ダン以外は誰も見ていないと知りながらそう簡単にはいかなかった。

「トイレか……う~ん、どういうふうにすれば……ああ、こうしよう!」
 
 しかしエリンに同情したのも束の間、ダンはトイレの増築を話すうちに夢中になってしまった。
 エリンのジト目を他所に、得意げに説明を始めてしまう。

「トイレだけど、周囲を囲って外からは見えないように小部屋を作る。当然家の中から行けるようにしておくよ」

「家の中から?」

「おお、そうさ。小部屋の床へ用を足す為の小さく深い穴をひとつ掘る。内部は土魔法で表面をつるつるに固める。そうすれば崩れないし、詰まらない」

 ダンはトイレについて、熱く語っていた。
 エリンは……黙って聞くしかない。

「…………」

「外にも段差をつけた穴を掘って両方の穴を繋げて流れた排泄物を戸外から汲み出せるようにする。汲み出した排泄物は庭の片隅に溜めるんだ。それが肥料になって野菜とかの作物を育てる」

 肥料?
 エリンはダークエルフの地下農場へ見物に行って聞いた事がある。
 確か……農作物を育てる栄養を与える為のアイテムであると。

「え? と言う事は昨夜、エリンが食べた叫ばない美味しいニンジンって……ダンの……あ、あれで育ったの?」

「ああ、俺だけじゃない、犬や猫、ニワトリ全てのアレさ。今後はエリンのも加わる」

 ダンの答えを聞いて、エリンは絶句してしまう。

「うわうっ! え、えっと……ダン、あのさ……エリン、土の魔法でアレをすぐ肥料に変えられるから……ダンのアレもやるからね」

 自分の出したものを、愛するダンといえども絶対に見られたくない。
 エリンの、精一杯の抵抗であった。

 しかしダンは、そんなエリンの『女心(おんなごころ)』が分かっていない。

「え? 良いよ、俺がやるって。土の魔法が使えるようになったし、発動のやり方を教えてくれれば簡単だぞ」

「良いのっ! 良いのっ! エリンがやるからっ!」

 「ぶんぶん」と頑なに首を振るエリンの姿を見て、終いにはダンも苦笑し『役目』を頼んだのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ダンはまず、朝の仕事をエリンに色々教えてやった。
 水汲みに始まり、家畜の餌やり、畑の水まき、そして朝食の支度等……

 エリンは、仕事に対して前向きであった。
 好奇心旺盛で、ちょっとした事にとても感動するのだ。
 こうなると、教えているダンも楽しくなる。

 ひと通り仕事のやり方を伝えたので……
 ダンとエリンは遂に、本日の最重要ミッションであるトイレの増築に取り掛かる事になった。

「じゃあ早速トイレを造ろう。場所は寝室脇が良いのかな」

「うん、エリンが夜中に起きたら、すぐ行けるからそこが良い」

「了解!」

 ふたりの意見は一致し、寝室に面した場所にスペースを取った。
 そして、用を足す為の穴を掘る。
 今や、土の魔法を使えるふたりには全く楽勝であった。
 
 人が落ちないように小さく深い穴にして、少し離れた外の場所にも大きめの地下穴を掘り両方を繋げておく。
 これで肥料化したアレを、地下にたっぷりと溜められるようにしたのだ。

 ちなみに、エリンは臭わないように、アレを即無臭の肥料にすると宣言する。
 大地の精霊(ノーム)はとても嫌がりそうだが、エリンは無理やり頼み込むと強調した。
 
 トイレの場所が確定すると、切り出してあった丸太を打ち込み、寝室の壁に向かって三方を囲うように壁を造る。
 覗き防止の目張り兼、風除けの為に丸太の隙間を土で埋め、魔法で固めた。

 最後に造ったのが、寝室からトイレへの出入り口である。
 家からトイレに面した壁に、四角い形で人が楽に通れる穴を開け、目隠しは綺麗な青の綿布があったのでそれを垂らして入り口を隠した。

 こうして……
 ダンの家のトイレが完成したのである。

 簡単なトイレではあったが、造るだけで結構な時間がかかってしまう。
 ふたりが気付けば、もう夕方となっていた。

「何か、俺とエリンのふたりでやり遂げたって感じだな」

「あはは……ありがとう、ダン……トイレでも一緒に造ると凄く楽しいね」

「おう!」

 照れ笑いするエリンを見て、ダンも笑う。

 臭い仲とも言えるかもしれないが、ふたりの絆はまた深くなったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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