第153話「必然たる理由③」
文字数 2,393文字
まずはダンが立ち上がり、優しく抱き締めると、そっと椅子に座らせた。
そしてダンは、ヴィリヤへ目で合図をすると……
「心得た!」とばかりに、今度はヴィリヤがそっと寄り添い、エリンをしっかり、抱き締めたのである。
部屋の中は、シーンと静まり返っていた。
悪魔や眷属共が目の前に居なくとも、エリンの話だけで……
むごたらしく殺される、デックアールヴ達の阿鼻叫喚が聞こえてくるからだ。
起こってしまった悲劇の、あまりの凄惨さに……
リストマッティ達は、全員息を呑んでいた。
厳しい表情を浮かべるリストマッティ達へ、ダンは言う。
「エリン達が、危機に陥った頃、俺は……ある任務を帯び、地下へ潜った」
「ダン殿が? ある……任務?」
デックアールヴ達が住む地下都市は、そう簡単には足を踏み入れる事が出来ない筈である。
それに、ダンとエリンの『出会い』も気になる。
リストマッティは食入るように、ダンを見つめていた。
そんなリストマッティへ、またもダンは、直球を投げ込んだ。
「ああ、創世神の神託を受け、悪魔アスモデウスを倒せ……という任務だった」
「そ、それは!」
創世神の神託を受け、悪魔を倒す……
もしや!
ダンは……選ばれし勇者なのでは。
それも、古からアールヴ達の間に伝わる、『救世の勇者』かも!?
何故ならば……アスモデウスと戦った筈なのに……
エリンは、こうして目の前に元気で居て、ダンも全く無事だ。
という事は……ダンが、怖ろしい悪魔王に……勝った!
リストマッティ達は、期待を込め、畏敬の表情でダンを見た。
しかし、ダンの話す口調は変わらない。
創世神の加護を受けた、自分を誇ったり、驕った口調ではない。
相変わらず、淡々としていた。
「俺は……アスモデウスの悪しき波動に導かれ、エリン達の国へと、足を踏み入れた。そして、まさにエリンが、アスモデウスにより捕らえられ、穢されようとする寸前、間に合い、彼女を救った」
「お、おお! と、いう事は!」
やはり!
というように、リストマッティは、思わず身を乗り出した。
「安心してくれ、悪魔王アスモデウスは、俺が倒した……禁呪を使い、奴の魂を粉々に砕き、無に還したから、もう二度と復活はしない」
「おお、おおお!」
期待していた答えがダンから戻り……
リストマッティ達は、顔を見合わせ、安堵と喜びを見せた。
それにはいくつもの意味があった。
ラッルッカ達の仇を討てた事は勿論、怖ろしい悪魔の脅威が消えた事。
その悪魔をも容易く倒す、勇者ダンの強大な助力も得られる事も。
ここで、少しだけダンの表情が曇った。
力が及ばずという、気持ちが出ている。
「どうにか、エリンだけは助ける事が出来た。だが残念ながら……エリンの父である王を含め、他の者達は、全員殺された後だった……」
「……そうだったのか……誠に、残念だ……」
沈痛な表情のリストマッティに対し、ダンは相変わらず、淡々と言う。
「……リストマッティ、この際だ、はっきり言っておこう。その時、俺はエリンを置いて、地上に戻ろうとした」
「な! 何故!」
リストマッティは、驚いた。
救世の勇者なら……
全ての民を救う、寛容な気持ちを持つ、伝説の勇者の筈なのにと。
しかしダンは淡々と言う。
「目的のアスモデウスを倒しさえすれば、依頼された俺の仕事は終わり。残されたデックアールヴの運命など、俺には、全く関係ないと思ったからだ」
「そ、そんな……」
「当時の俺は、命じられた仕事さえこなせば、後は知らない。そのように考えていた」
ダンは、そう言うと遠い目をした。
口元が、僅かに上がる。
どうやら、苦笑いのようだ。
「しかし、俺は……思い直したんだ」
「ダン殿が、お、思い直したのか? な、何故?」
「ああ、良く良く考えれば、俺とエリンは、お互い、同じ境遇だったから」
「同じ境遇?」
「今は違うが……俺も、この世界では、たったひとりだったもの」
「は? こ、この世界では、たったひとり? ど、どういう意味なのだ?」
「簡単だ。実は俺、この世界の者じゃない。違う世界から来て、創世神の名の下に働く人間なのさ」
「な! そ、それは! も、もしや! い、い、異世界から! だ、誰かに、召喚されたという事かぁ!」
ダンの境遇も……
エリンの話に劣らないくらい興味深い。
衝撃の事実に刺激され、リストマッティは、思わず身を乗り出した。
しかし、ダンは苦笑し、首を振る。
「おっと! これから、他にもする話があるから、俺の詳しい話はまたいずれ」
「むむむ」
「……とにかく、俺はエリンを連れ、地上の自宅へ戻った。自宅は、アイディール王国の山奥。そこでたったひとり、隠れるように暮らしていたから、当初は何も問題はなかった」
「…………」
「しかし俺は、アイディール王国の王都へ行かなくてはならぬ事情がある。その時、既に俺とエリンは愛し合い、片時も離れられぬ状況だった」
「…………」
「俺は変身の魔法を使い、エリンを人間に擬態させた。そして紆余曲折あって、この国へ繋がる迷宮へ、行方不明者の救助と調査にやって来た。今迄の
「うむむ……話は良く分かった。ダン殿は我が王の血を継ぐエリン様の夫君、だから自身もデックアールヴに等しい……そう考えているのだな?」
「その通りだ」
はっきりと言い切るダンの姿を……
抱き合うエリンとヴィリヤは、心の底から嬉しそうに見つめていたのであった。