第70話「突き放す優しさ」
文字数 3,087文字
心の底に隠していた、自分の恋心を。
果たして、ダンはどう答えるのか?
心を開き、ニーナの気持ちを受け止めてくれるだろうか?
ニーナの告白を聞いたダンは、何かを確かめるように小さく頷いていた。
片やエリンは、労わるようにニーナの肩をポンと叩く。
「ニーナはよくやったよ。……だけどまだ伝えなくちゃいけない事がある。単に好きで終わらせちゃいけないんでしょ?」
確かに、エリンの言う通りである。
これから告げる言葉こそが、本当にニーナの伝えたい事なのだ。
ニーナは、先程やったように深呼吸する。
そして声を張り上げる。
「ダンさん、聞いて下さい! わ、私を、いえ! 私もエリンさん同様に貴方のお嫁さんにして!」
告白が終わり、部屋に沈黙が流れる。
ニーナ、ダン、そしてエリン。
3人は言葉を発しない。
そして時が暫し経ち……答えは出た。
ダンが、ゆっくりと首を横へ振ったのである。
答えは……NOであった。
「あ、あうううあ……」
ショックを受けた、ニーナは喘いだ。
急に、息が苦しくなったからである。
死ぬ思いで懸命に伝えた気持ちは……通じなかった。
悲しい!
虚しい!
今迄に感じたことのない辛さが全身を満たし、ニーナはもうこの場に居たくなくなった。
ニーナは、動こうとした。
今居る部屋を、すぐ出る為だ。
しかし、エリンの手がニーナの両肩を押さえつけていた。
華奢な身体に似合わず、強い力であった。
ニーナは、エリンの手を振りほどこうとする。
身体を左右に振る。
「エリンさん、離してっ!」
「ニーナ、逃げちゃ駄目。まだ話は終わっていないよ……ダンから話がある」
「は、話なんて……どうせ!」
自分はもう、ふられたのだ、完璧に。
涙が溢れ、大泣きしそうになっているニーナ。
そこへ……
「ニーナ」
自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声。
ニーナが、毎日聞きたいと思っている優しい声。
愛するダンの声だ。
「ダン……さん」
ニーナが見れば、ダンは彼女を真っすぐに見つめていた。
そして、いきなり指をピンと鳴らして魔法を発動させる。
ダンの発した魔法は……音声遮断の魔法であった。
これから話す内容が、隣の部屋で寝ているモーリスの耳に入ったらまずいからだ。
「ニーナ……お前の気持ちは凄く嬉しい。最愛の兄さんを亡くしながら、悲しみを堪え誰にでも優しく笑顔を向け、日々一生懸命に働く……そんなお前が、俺だって大好きだよ」
「あ、あああ……」
嬉しい!
ダンが、愛するダンが言ってくれた。
自分を大好き! だと。
ニーナはすぐ、悲しみを忘れた。
代わりに、愛される喜びと事態が変わった驚きが混在し、大きく目を見開く。
「だ、だけど……なら、どうして?」
ダンは先程、首を左右に振った。
ニーナの、求愛に対して……
はっきり分かる、拒絶の意思である。
好きならばどうして?
ニーナを、拒絶するのだろう。
その答えは、次に発したダンの言葉にあった。
「ニーナ……俺が怖ろしい魔族だったらどうする?」
「怖ろしい……魔族!?」
とんでもないダンの問いかけを聞いて、ニーナの双眼は大きく見開かれた。
魔族だという、ダンの衝撃発言により、部屋に再び沈黙が流れる。
ショックを受けたニーナは、複雑な表情をしていた。
しかし、勘が鋭いエリンは、既にダンの意図を察している。
ダンは当然、魔族などではない。
この嘘の発言の真意はニーナは勿論、エリンに対するダンの優しさでもあるのだ。
エリンがじっと見守っていると、やはりダンは真実を告げる。
「ニーナ、騙して悪かったな。俺が魔族というのは……嘘だ」
「ええっ!? う、嘘!? な、何故!?」
「お前は今悩んでいただろう? いかに俺が好きでも、正体が魔族であればこの先どうなるかと」
「…………」
「そういう事……なんだ。俺は魔族ではないが、俺の嫁になるのはそれくらいの覚悟が必要になる」
「覚悟が……必要」
ニーナには、ダンの言っている意味が分からない。
おぼろげながら見えるのは、ダンの妻になった場合、いろいろな苦労が生じるという事である。
否!
苦労などという、並大抵な言葉ではない。
魔族の妻という比喩は、人々から石もて追われるくらい、覚悟が必要だという事らしいのだ。
片や、エリンは思う。
ニーナがダンと結婚したら、妻になったら、全ての秘密が明らかになる。
共同生活をするのなら、必ず告げねばならない。
ダンが召喚された未知の異世界人なのは勿論、エリンが創世神から忌み嫌われたダークエルフ族だという事も。
孤児であり、創世神孤児院で育ったニーナは、熱心な創世神教の信者であろう。
当然、ダークエルフは不浄のものと、教えられているに違いない。
本当は、全くの誤解に過ぎないのに……
ニーナの性格と聡明さなら、時間をかければ解決するかもしれない。
エリンがダークエルフと分かっても、受け入れてくれる可能性は大いにある。
しかし、人間が持つ固定概念を払しょくするのには、あまりにも時間が足りない。
だからダンは「自分が魔族だ」というとんでもない例えを出して、ニーナの覚悟を求めたのだ。
考え込んだニーナは、エリンに問いかける。
「エリンさんは……その覚悟が?」
「あるよ! これから一緒に暮らすのは大変だって言われたけど……ダンが大好きだから、絶対について行く」
即答したエリンは、ガウンを投げ、肌着を脱ぎ捨てた。
褐色の、美しい豊満な身体が
いきなり、一糸も纏わない肢体をさらけ出したエリン。
これには、ニーナは勿論、ダンも驚いた。
ふたりから注視される中、全裸になったエリンは、きっぱりと言い放つ。
「これがエリンの覚悟だよ! エリンはダンが大好きだったから、信じているから、結ばれる前にこうやって全てを見せた。他の男子には絶対に見せた事のない自分の身体をさらけ出したの」
「エリン……さん!」
「エリンは、ダン以外のお嫁さんにはならない! 妻は夫を信じて身を任せるものだってお父様から教えられたから! 身体を見せたと同時に、気持ちもダンへ任せたんだ」
「……エリンさんは、ダンさん以外のお嫁さんにはならない……信じているから……身体を、気持ちもダンさんへ任せた……」
エリンの言った事を、確かめるように呟くニーナ。
やりとりを見守っていたダンは、そろそろニーナへ告げる頃合いだと見たのだろう。
「ニーナ、詳しくは言えないが……俺の嫁になったらいろいろと大変なんだ。お前はまだ若いし、これからもっと素晴らしい男に巡り合うさ」
「え? これから、もっと素晴らしい男に巡り合う?」
驚くニーナへ、ダンは更に言う。
「そうさ、俺への思いは嬉しいしありがたいが、時間が経てばすぐに忘れる」
「すぐに忘れる……ダンさんを……」
今度はダンの言葉を復唱するニーナ。
しかし!
「馬鹿にしないで下さいっ!」
ニーナは、「キッ」とダンを睨む。
強い意思の籠った、熱い眼差しである。
そして、エリンと同じように……
ニーナは羽織っていたガウンを投げ、あっと言う間に肌着を脱ぎ捨てたのであった。