第51話「英雄の悲劇」
文字数 3,216文字
勿論、クローディアに異存がある筈もない。
やがて、冒険者ギルドの応接室に、ケータリングサービスの食事を運ばせると……
4人は、エリンを中心に盛り上がった。
話題は、先程の判定試合を含めた差しさわりの無い内容だったが、とても楽しいひと時となる。
やがて食事が終わり、ダンとエリンは丁重な礼を述べて冒険者ギルドを去って行った。
残されたローランドとクローディアはギルドマスター室で話している。
クローディアは、嬉しかった。
昨日まで元気のなかった、ローランドの表情がとても朗らかになったからだ。
彼が明るくなった理由は、はっきりしていた。
「ローランド様……こんな事を申し上げては叱られそうですが……ダン様の事、気に入ってらっしゃるんですね」
「ああ、気に入っている」
「でもクローディア……ダン殿もそうだが、エリンさんも人を和ませる力がある」
ローランドがダンの事を気に入っている理由を、クローディアは何となく分かったが、さすがに口へ出す事は出来なかった。
だが……
続いてローランドから出た言葉は、クローディアもはっきりと同意する事が出来た。
クラン結成という話から始まって、クローディアとエリンは女同士妙に盛り上がったからだ。
クローディアは、大きく頷く。
「確かにそうです……エリンさんと話していて、私、故郷に居る妹を思い出しました。あの子と居ると明るくなれます、それと前向きにもなります」
「そうか、そうだな。クランの件は本気で考えておいてくれよ」
「かしこまりました!」
「ありがとう……少し疲れた、申し訳ないが暫くひとりにしておいてくれるか」
「はい! では失礼致します」
クローディアが一礼して退室すると、ローランドは自分の席に行き椅子に座り込んだ。
窓からは暮れなずむ王都の景色が見える。
「ふう……キャサリン、ディーン……まだお前達の所には行けそうにないな」
ローランドには家族が居た。
妻がひとり、息子がひとり。
妻の名はキャサリン、息子の名をディーンと言った。
しかし……
ふたりとも、もうこの世には居ない……
ローランドとキャサリンは、同じ貴族の子供同士、幼馴染で若くして結婚。
仲睦まじく暮らしていて、ふたりにはまもなく子供が出来た。
しかし悲劇が襲う。
キャサリンは、息子ディーンの誕生と引き換えに、この世を去ったのだ。
冷たくなったキャサリンの亡骸を抱きながら……
ローランドは、妻の忘れ形見となった息子ディーンをしっかり育てると誓った。
……生まれたディーンは、顔立ちも可愛く健康な男の子であった。
ローランドと亡き妻キャサリンの良いところを、それぞれ引き継いだと周囲からは言われ、とても嬉しかった。
こうして……
ローランドは、妻を亡くした悲しみを紛らわすように息子を可愛がって、成長を楽しみにしていたのである。
惜しみない父の愛を受け、すくすくと成長したディーンは、12歳で騎士見習いとなった。
当時騎士団長だった父親を尊敬し、自分が跡を継ぐのは当然だと、その道を選んだのである。
しかしディーンは、突然騎士見習いをやめてしまう。
理由を詰問したローランドへ、ディーンはこう言い放ったのだ。
「父上! 騎士とは一体何なのでしょう?」
「何だ、いきなり」
「崇高な志を持ち、戦う者として弱き者を守るべきではないでしょうか?」
「その通りだ」
「では何故! 陳情に来た地方の民を無視するのですか? 民は一生懸命この国を支えているというのに! 彼等は凶悪な魔物に日夜生命を脅かされています。魔物から農地を守ろうとして人々はどんどん殺されているのです! なのに騎士団は地方へは絶対に赴かない。王族や貴族、そして王都を守っているだけだ」
「うむ……助けたいのはやまやまだが……騎士団の人手が足りぬ。出来れば赴いて助けたいと皆が思って居る。だが騎士の数は少なく優先順位をつけるしかない、それに元々地方は王の命令で地方領主によって守らせている」
「父上! 親に向かって言うべき言葉ではありませんが……それは詭弁です、嘘なのです」
「何! 嘘だと!?」
「私は先輩の騎士達に聞きました。暇を持て余していた彼等なのに! 地方の民などいちいち構っていられない、勝手に死ねと言いました」
「だ、誰だ!? それはっ! そんな事を言うのは」
「父上……私が知る限りの騎士、全員です」
「…………」
「私は父上を信じたい、いや信じます! だから騎士団長である父上が騎士達を、騎士団を変えて下さい! 王都、地方わけ隔てなく弱き民を助けに行く本来の騎士団に!」
「…………」
「父上!」
「……分かった! 約束するぞ、ディーン。私は騎士団を変える、何とかしてな」
しかし……約束は、果たされなかった。
いかに騎士団長とはいえ、王族や貴族を優先する騎士団の考え方や体質を一朝一夕に変えるのは困難だったからである。
そんな、ある日……ディーンは突然家を出て行方不明になった。
丁度ディーンが13歳になった日であった。
ローランドは自ら探し、またあらゆる手を尽くして探させたが、ディーンの行方はようとして知れなかった。
そして月日は流れ……3年後
王都で暮らすローランドの下へ、突然ディーンの死が伝えられた。
ディーンは王都から遠く離れたアイディール王国の遥か南、辺境の地で死んだという。
驚愕したローランドは、すぐ現地へ赴き、ディーンが何故死んだのか調べた。
そしてディーンが、家を出てからの足取りが漸く判明したのである。
王都を出たディーンは、地方を守る有志の義勇団に入った。
人々に害為す、悪辣な山賊や凶暴な魔物共と戦っていたという。
資金に乏しい義勇団故、常に人員そして物資不足の中で苦戦していたらしい。
その中でディーンは度重なる魔物との戦いの最中、遂に無残な死を迎えたのであった。
ディーンの死を知ったローランドは嘆き、悲しみ、号泣した。
激しく、自分を責めたのである。
息子との約束を果たせなかった自分を……
そして亡き妻にも心の底から詫びた。
生命をかけて生んでくれた、最愛の息子を死なせた罪を。
王都へ戻ったローランドは、亡き息子との約束を果たそうと再び奮闘した。
騎士団による、王都以外の地方も含めた治安向上を呼び掛けたのだ。
その結果、王家と貴族達からはうとまれ、騎士団の中で完全に浮いてしまった。
長いやり取りの末、自分が無力だと実感したローランドは騎士を辞した。
息子の遺志を継いで、僻地で戦おうかとも考えたが、悩んだ末に結局はやめた。
愛する妻も息子も亡き今、赤の他人の為に戦っても虚しいだけだったからだ。
そして屋敷の使用人へも全員暇を出し、絶望の中でたったひとり生ける屍のような日々を送っていたのである。
またも月日が流れ、ローランドが騎士をやめてから1年後……
自死も考えていたローランドの下へ、ある人物が訪ねて来た。
その人物とは名をバイロン・ウェブスター。
当時の冒険者ギルドのギルドマスターである。
バイロンの年齢は当時既に70歳半ば……
身体が不自由らしく足を引きずっていた。
元騎士でもありローランドが親しくしていた大先輩。
誠実な人柄で、彼が尊敬する数少ない人物のひとりでもあった。
ローランドは世俗と一切交流を絶っていたが、バイロンならと懐かしさからつい会う気になった。
そして……
バイロンに会ったローランドは、とても驚く事となったのである。