第142話「俺は嫁を守る」

文字数 2,263文字

 先頭を歩いていたダンが、魔法で開いた『扉』の前でぴたっと歩みを止めた。
 そして両手を広げ、後から来るエリンとヴィリヤへも止まるよう促す。
 ふたりは一瞬驚いたが、顔を見合わせて頷き、ダンと同じように歩みを止める。

「む! 何故、止まるのだ? 早く来い」

 同時に、行進を促す『ソウェル』、リストマッティの声も響いた。
 ダンの行動が理解出来ない!
 そんな疑念の声である。

 そして、リストマッティはなおも促す。

「ダン殿、貴方の眷属達は……もうこちらへ着いている。何も危険は……ないぞ」

 安全の為、ケルベロスと火蜥蜴(サラマンダー)には先行して貰っていた。
 タイミング的にはもう、『あちら』へ着いている筈である。
 リストマッティは、転移したケルベロス達の出現を確認したららしい。

 しかし、ダンは首を振る。

「いやいや、俺達はそんなに脇が甘くないから」

 ダンはそう言うと、背後からついてくるエリンとヴィリヤへ、広げた手を「ひらひら」振った。
 後ろを振り向かず、身体を前方に向けたままで。
 嫁ふたりへ「そのまま待機しろ」という指示だ。

 そこへまた、リストマッティの声が、

「脇が甘くないだと? どういう意味だ?」

「言葉通りさ。うかつじゃないとも言うけどな」

「何! この私を信用してくれないのか? ダン殿の出した条件は全て呑んだ筈だ」

 信用?
 抗議するリストマッティへ、ダンは思わず苦笑し、再び首を振った。

「信用? 何言ってる? リストマッティ、これから俺達は、あんた達の下へ行くんだ。いわば完全な敵地、アウェーだ」

「むむ、今更……そんな事は当たり前だろう」

「いや、今更でも、当たり前でもだ」

「…………」

「俺には……ケルベロス経由で、そちらの様子が見えている。ほう! 広々とした石造りの場所だな?」

「な! こちらが見える? 眷属と視覚を共有しているのかぁ?」

 ダンの言葉を聞き、リストマッティは驚いた。
 
 魔獣と精霊を配下として従えるだけでなく、己の目のような、視点としても使っているからだ。
 今迄の魔法で分かってはいたが……
 やはり相当な術者だという実感を、改めてした感嘆の反応といえる。
 対して、ダンは華麗にスルーし、更に現場の説明をする。

「何か、円形をした闘技場のような場所じゃないか? 凄く明るいのは強力な魔導灯か? 成る程、客席数も相当ある。だがあんた達の姿は……ない。どこかに身を隠しているな?」

「むむむ!」

 ダンの問いかけに対し、答えを戻せず、リストマッティは口籠った。
 そんなリストマッティへ、ダンは追い打ちをかける。

「何だよ? ずるいじゃないか? 自分達は見えない、それこそ安全な場所に居る。片や、俺達は遮蔽物のない丸見えの場所へ転移して、いきなり魔法でズドン! 集中攻撃……って事もありえるよな」

 皮肉な笑いを浮かべ、からかうようなダンの物言い。
 リストマッティは、さすがに気分を害したようである。

「無礼な! 私はソウェルだ! そ、そんな卑怯な事はせぬ!」

 リストマッティは、懸命に抗議をした。
 しかし、ダンは譲らない。

「おいおい……何を根拠に、あんたの言葉を信じれば良い? うかつに行って命を失ってからでは遅いだろう?」

 理屈では、完全にダンが勝っている。
 確かに、油断して命を失っても、死んだ方が悪いと断言されるだろう。
 リストマッティは、咄嗟にどう返して良いのか言葉が出ず、黙り込んでしまう。

「…………」

 そんなリストマッティに構わず、ダンは話を続けて行く。

「俺は、自分の家族の安全を第一に考える。絶対に嫁達を守る」

「…………」

 ダンにとっては、まず家族の命が大事! という気持ちである。
 実は冒険者の中に、ニーナの兄が居るが、ダンは敢えて触れなかった。
 リストマッティは先ほどから、ずっと無言である。

「…………」

「リストマッティ。あんたがこのままどこかに隠れたまま、何もしないというのなら、それでも構わない。勝手にケルベロス達に探索させる」

「…………」

「まあ、隠しても無駄だ。そっちに居る冒険者達の所在は、すぐ分かる筈さ」

「…………」

「さて、どうする?」

 ずっと無言だったリストマッティであるが……
 ダンに促され、考えがまとまったようだ。

「……分かった! ではこうしよう。ダン殿、貴方の探している冒険者と共に、私も闘技場のフィールドで待っていよう」

「ソウェル!」

 覚悟を決めた主の言葉を聞き、泡を喰ったのが、部下のラッセである。
 ダンが家族を心配するように、ラッセにとっても主の身が気にかかるのだ。

 しかしラッセの不安を振り切るように、リストマッティは叫ぶ。

「良い! 相手の信頼を得るのは、生半端な事では無理だ。彼くらいになれば尚更だ」

 信頼を得る。
 その為の誠意を、自ら行動で見せる。
 相手の実直さに触れたダンは、一転真剣な表情となった。

「分かった! リストマッティ、あんたの覚悟しかと聞いたよ。約束する、そちらが出張ったのを確認したら、俺が行こう」

「ありがたい! ではすぐに準備をする」

 いよいよ謎の存在達と向き合い、行方不明の冒険者達と対面する。
 ダンの背後で、エリンとヴィリヤは顔を見合わせる。
 そしてダン同様、真剣な表情で、大きく頷いていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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