第65話「ニーナをナンパ?②」

文字数 2,481文字

 エリンには、わけが分からない。
 混乱する。
 ニーナは、確かに助けて貰ったと言った。
 ダンが王子様じゃないか? と聞いても否定しなかった。
 それなのに、ナンパされたとも言う。
 何故なのか?

 エリンは、改めて問いかける。

「ダンに助けられたのにナンパ? 一体どういう事? ニーナ、よかったら詳しく話して」

 エリンの目は、真剣だった。
 ダンに関して知らない事があるのは、エリンには嫌なのだ。
 今日散々いじったナンパに関しても、何か関係がありそうである。

 鬼気迫るエリンの迫力に圧倒されたのか、ニーナは覚悟を決めたようだ。

「は、はい……じゃあ最初からお話しします。……実は私、孤児なんです」

「孤児?」

 エリンは、思わず聞き返してしまった。
 ニーナは、淡々と言う。

「ええ、私、生まれた時から親が居ないんです」

「生まれた時から? 親が……居ない」

 エリンの胸に、ほろ苦さが生まれた。
 自分も両親が居ないからだ。
 しかし、父からは最近まで……
 母からも、エリンが幼い日までは、惜しみなく愛を与えて貰った。

 だが……
 ニーナは、最初から親が居ない……
 どんなに辛かった事か……
 
 今日出会ったばかりのニーナの事なのに……
 エリンには、まるで自分の悲しみのように感じる。
 不思議であるが、悲しみに比例して、エリンの目がどんどん潤んで来る。

 一方、ニーナは落ち着いた声で、話を続けて行く。

「生まれたばかりだった赤ん坊の私は、王都の創世神孤児院の門前に捨てられていたのです」

 どうして?
 可愛い子供を捨てるの?
 そんなの、母親じゃない!

 お腹を痛めた自分の子供なのに?
 たとえ、どんな理由があるにせよ、だ。

 怒りが湧いたエリンは、ただただ憤る。

「酷い! 許せない!」

「ええ、最近までずっと探していましたが……いまだに親はどこの誰とも分かりません。私はお(にい)と一緒に捨てられていたところを、司祭様に拾われたのです」

 何と、ニーナはひとりで捨てられていたのではなかった。
 エリンは、ニーナが慈愛を込めて呼んだ言葉を復唱する。

「お(にい)?」

「はい、私には双子の兄が居ました。一緒に捨てられ、一緒に拾われ、一緒に育ちました」

「お兄さんと、ずっと一緒だったんだ……」

 エリンが問うと、ニーナは小さく頷いた。
 目が……遠くなっている。

「双子なので、もしかしたら私の方が本当は姉だったかもしれませんが……私は凄い泣き虫で……お兄はしっかりしていて私に優しくて……自分へ与えられた食べ物をいつも分けてくれて、苛められたら絶対に守ってくれました」

 ニーナの言葉には計り知れない感謝と、一心に慕う気持ちが込められていた。
 エリンは、思わず聞いてしまう。
 当たり前過ぎる事を……

「大好き……なんだ、お兄さんの事」

「はい、大好きでした」

「でしたって? 過去形?」

「はい、……お兄は死にました」

「し、死んだ!?」

 ニーナの、愛する兄が死んだ?
 一体どのような事だろう?

 エリンは、もっと聞きたいとニーナを促した。
 頷いたニーナは、話を続けてくれる。

「成長して孤児院を出た私達は、生きて行く為に王都で仕事を探しました。運よく私はこの居酒屋(ビストロ)に、お兄は……細工職人になりたかったのですが、いろいろな事情で結局はなれませんでした。それで仕方なく……冒険者になったのです」

 冒険者!
 まだ、どのような事をやるか分からないが、エリンも今日就いた職業だ。

「仕方なく冒険者に? エリンも今日なったよ、冒険者」

「ダンさんからお聞きしました。エリンさん、いきなりランクDなんて凄いです。お兄は一番下のランクGから、いろいろな依頼を受け、頑張って昇格してランクEでしたから」

 ニーナの兄は、叩き上げの冒険者らしかった。
 口調から、冒険者の苦労が伝わって来る。
 どうやらエリンは、冒険者の仕事を軽く考えすぎていたようだ。

「そう……なんだ」

「はい! 冒険者は危険な職業です。エリンさんも気を付けてください」

 注意を促すニーナの目は、却って怖いくらいだ。
 兄を亡くした妹の、ストレートな悲しみが伝わって来る。

「あ、ありがとう……気を付ける」

「絶対ですよ! では話を戻しますね……だけどお兄は職人になる夢を決して捨てませんでした。だからそれまでの当座の生活費を稼ぐ為、実入りの良い冒険者になっていろいろな依頼をこなしていたのです。この店にもよく来てくれました……それがある日……」

「ある日?」

 何があったのだろう?
 ニーナは、顔を伏せていた。
 思い出すと辛いようだ。

「お兄は一気にお金を稼ごうと……迷宮へ遭難者を助けに行く、難易度の高い依頼を受けて、……死にました。1年前の事です……」

「死んだ!? 1年前……」

「依頼を遂行しようと迷宮の奥で怪我をした遭難者を見つけたのは良かったのですが、いきなり恐ろしい魔物の奇襲を受けて……咄嗟にクランの皆を庇って死んだ……と、聞きました」

「…………」

「お兄という唯一の肉親、生きがいをなくした私は日々、辛い思いを抱えてひたすら働いていました。お兄が帰って来るわけないのにいつか帰って来るかもと思って……そんなある日の事でした」

 だんだん話が、核心に入って来たのだろう。
 ニーナの顔が、少しだけ明るくなっていた。

 理由は分かる。
 エリンには、「ピン」と来たのだ。

「ダンと出会ったの?」

「はい! モーリスさんが、たまたま切れた食材を買いに行って店を留守にした時……私、柄の悪いお客さんに絡まれて、店の外へ連れ出されそうになったんです」

「その時?」

「そうなんです! さらわれそうになった私を、助けてくれたのがダン……さんだったんです」

 ニーナはそう言うと、とても嬉しそうに微笑んだのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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