第64話「ニーナをナンパ?①」
文字数 2,492文字
夜も更けた午前1時、慰労会という名のささやかな宴も終わり、皆寝る事となった。
明日の仕入れの為に、モーリスは朝早く市場へ行かなければならない。
そして料理の仕込みをし、ランチと夜の準備をする。
英雄亭のような、
「お休みなさ~い」
「おう、エリン、またな」
緊張するニーナの手を引き、ダンとモーリスに手を振るエリン。
そんな愛妻の姿を、ダンは「にこにこ」して見ていた。
エリンに、『人間の友人』が出来るのは良い事だと考えていたからである。
ニーナは、優しく気配りの利く子だ。
信頼関係が出来て、エリンの『正体』をそっと明かしたら受け入れてくれるかもしれない。
ダンは、とても期待していた。
そんなダンの気持ちが分かるのか、エリンも笑顔で応える。
「了解! ニーナと仲良く寝るよぉ」
「ははは、エリンちゃん、ニーナを頼むぞ」
モーリスも同じように「にこにこ」して、エリンとニーナを見つめていた。
今日一緒に寝るのはふたりにとって良い事だと、モーリスも考えていたのである。
ニーナは、何故か友達が少ない。
今日風邪で休んだ同僚の少女達とも、深くは付き合っていない。
だがモーリスが見る限り、エリンとニーナは合いそうな気がするのだ。
就寝の挨拶が済み、ダン、モーリスと別れて……
ニーナの私室へ来た、エリンとニーナ。
張り切るエリンへ、ニーナは恐る恐る聞いてみる。
「エリンさん……良いんですか? ダン……さんと寝なくて」
「良いの、良いの」
ニーナには、信じられなかった。
結婚……
女性にとって、憧れに裏打ちされた甘美な響きである。
素敵な男性に出会い、結婚したいと夢見るのはニーナも同じだ。
そして……好きな相手とずっと一緒に居られる。
見たところ、ダンとエリンは新婚であろう。
『夜』は特に一緒に居たい筈だ。
愛し合いたい……筈だ。
それが離れて、自分なんかと寝るなんて何故? と、ニーナは思った。
だが既にニーナの部屋には、予備のベッドが運び込まれ、ふたつのベッドは「ぴたっ」とくっつけられていたのである。
エリンは、着ていたメイド服を「さっさ」と脱いで肌着になる。
ニーナも、同様にメイド服を脱ぐ。
改めてニーナは、エリンの身体をまじまじと見た。
自分の服を貸した時に分かっていたが、エリンは超がつく抜群のプロポーションである。
ぼん、きゅっ、きゅっ!
迫る褐色の肉体に、ニーナの口から、ついため息が漏れる。
「ふう、エリンさん……凄い身体……」
羨ましそうに呟くニーナに対して、エリンはあっけらかんとしている。
「ニーナだって凄いよ。おっぱいだってエリンと同じくらいある、ダンは大きなおっぱいが大好きだよ」
ダンは大きなおっぱいが、大好き!?
となると……
目の前にある、この巨大な双丘に顔を埋めたりとか?
「ちゅっ」と……キ、キスしたりするのだろうか?
ニーナの妄想が、どんどんエスカレートして行く。
「え、えっと…………」
真っ赤になって俯いたニーナを
「さあ、話を聞かせて! ニーナは何故ダンが好きなの?」
「え、えええっ!?」
相変わらず、エリンはいきなり直球を投げ込んで来る。
ニーナは、何とか矛先をかわそうと必死だ。
そう、ニーナは自分の事なんかより、ダンとエリンの事を知りたい。
教えて欲しいのだ。
「そ、それより!」
「何?」
「エ、エリンさんは何故ダン……さんと結婚したのですか?」
「それ言ったら、ニーナも言う?」
何とエリンは交換条件を出して来た。
ニーナは一瞬ためらったが、ダンとエリンの馴れ初めを、知りたいという欲求に負けた。
「は、はい、言います……約束します」
ニーナが話す事を告げると、エリンは「にいっ」と笑う。
そして……
「じゃあ、言うね! えっと、エリンが助けて貰ったから」
「助けて……貰った」
こんなケースも、ダンは予想していた。
エリンとは、ちゃんとすり合わせをしていたのである。
「ダンが旅をしていて、たまたまエリンを助けたの。エリンを襲っていた悪い魔物を倒してくれたんだ」
エリンの言うことは、嘘ではない。
悪い魔物——悪魔アスモデウスを倒してエリンを助けたのは事実だから。
敵のスケールの問題だけ伏せれば、ちゃんと理由をいえる巧い言い訳である。
魔物に襲われて、命が危ない時に助けてくれた……
それは、女子の王子様願望に直結する。
ニーナは感動して、益々羨ましくなる。
「凄い! それって運命の出会いですね」
「そう、運命だよ。エリンとダンの出会いは運命」
きっぱりと言い切るエリン。
その揺るぎない態度を見て、ニーナは「ぽおっ」としてしまう。
夢見る女子には、理想の展開なのだ。
「羨ましい! 良いなぁ、ダンさんが『王子様』なんて」
羨ましがるニーナを、今度はエリンが「じいっ」と見る。
悪戯っぽく笑う。
何か、含みがあるようだ。
「うん、でもねぇ……」
「でもねぇ?」
「うふふ、ダンはニーナにとっても王子様なんでしょ?」
「!!!」
何で分かるの? という表情のニーナ。
エリンは、「ここぞ!」とばかりに攻め立てる。
「言って! ニーナ、や・く・そ・く!」
「は、はい、約束ですよね、分かりました……エリンさんの出会いに比べれば……私は地味なんですが」
「地味?」
「私もダンさんに助けて貰ったんです」
「ニーナもダンに?」
「はい、私、ダンさんにナンパされたんです」
「ナンパぁ!?」
助けられたのにナンパ?
驚くエリン……
そしてエリンのリアクションに、これまた驚いて俯くニーナ。
深夜の部屋には、微妙な空気が漂ったのであった。