第42話「冒険者ギルド⑥」

文字数 2,963文字

 ローランドはダン達へ、香りの良い紅茶を淹れてくれた。
 ダンの家で飲むより、ずっと高級な茶葉である。
 
 地上に出てから、紅茶が大のお気に入りとなったエリンは、鼻を「ひくひく」させながら、繊細な味を楽しむ。
 とても、ご機嫌だ。

 ダンがエリンを紹介すると、ローランドは丁寧に挨拶した。

「エリンさん、アイディール王国冒険者ギルドのマスター、ローランド・コルドウェルです。今後とも宜しくお願いします」

 続いてローランドは、ダンへ向かって深々と頭を下げる。

「ダン殿、礼を言う。貴方の『お陰』で、我々はこの世界で平穏に暮らせる」

 ローランドの言う『お陰』とは、創世神の神託による、ダンの仕事遂行の事を言っているのだろう。
 しかし、ダンは首を振った。
 この国の宰相フィリップから貰った、自由に暮らす権利に付随する義務の遂行……ダンにとっては、ただそれだけなのだ。

「いや、そんなに感謝されて申し訳ないが、俺も自分の為にやっています。それに王家からしっかり報酬も貰っていますから」

 ダンの言葉を聞いたローランドは、相変わらず優しく微笑んでいる。
 少し、目が遠い。
 ローランドの視線は、ダンを見ているようでいて、実は他の誰かを見ているようだ。

「ダン殿は、相変わらず奥ゆかしいですね。それで今日はどのようなご用向きですかな?」

「この子です、冒険者登録したい」

 エリンを冒険者にというダンの言葉に、ローランドが少し驚く。

「ほう! 奥様を冒険者に?」

「はい、ギルドの登録をしておけば、後々いろいろと便利ですから」

「…………」

 エリンが見るところ、どうやらローランドはダンの『事情』を知っているようである。
 しかしローランドは、物の道理をわきまえていた。
 余計な事は、詮索しないのが方針らしい。

 と、いうのは……
 エリンの素性は勿論、ダンがエリンとどこで出会ったとか、結婚した経緯(いきさつ)など、全く聞こうとしないのだ。

「分かりました、ではまずギルドの登録者証を作りましょう。その後にランク判定の実践テストですね」

「助かります」

 ダンの返事が終わらないうちに、ローランドは「すっく」と立ち上がる。
 
 自分の執務用の机に赴き引き出しを開けたローランドは、何かを取り出した。
 戻って来て……
 応接テーブルの上に置いたのは、先程ダンからエリンが見せられたのと同じ銀色をした金属製のカードであった。

 ローランドは、エリンの前にカードを置いた。
 カードからは、結構な魔力を感じる。

「エリンさん、このミスリルの魔導カードは貴女の魔力に反応するように作られています。手をかざして貰えますか」

 ローランドが促すが、エリンは首を振り、断固として従おうとしない。
 ダンの指示する事以外は、絶対にOKしないと心に決めているからだ。

 だからエリンは、ダンへお伺いを立てる。

「ダ、ダン?」

「大丈夫だ、ローランド様の仰る通りにしてご覧」

「う、うん……」

 ダンの許しは得たものの、エリンは口籠る。
 
 何かの拍子に、ダークエルフである自分の正体がばれてしまうのではと危惧しているのだ。
 
 ダークエルフなのを、恥じる事はない。
 エリンは、そう決意した筈であった。
 
 しかし……
 アルバート達がひと時でも見せた、自分への嫌悪と差別がエリンを臆病にしていた。

 だが、このままこうしていても何も話が進まない。
 不安そうなエリンが、再びダンを見る。
 ダンが頷いたので、おずおずと手をかざすとカードが白く眩く輝き出した。

「きゃっ!?」

 カードは思いっきり輝いた後に、表面にはいくつかの文字と何かの紋章が浮かび上がっていた。
 エリンは、その紋章を良く知っている。

「こ、これは大地の精霊(ノーム)の紋章!」

「はい、その通り! どうやらエリンさんは地の魔法使いのようですね」

「…………」

 ローランドが、当たり前のように言い切った。
 
 エリンは吃驚しているが……
 この登録カードは込められた魔力により、魔法適性を始めとした個人情報を読み取る事が出来るカードだ。
 魔法適性と共に種族、性別、氏名、年齢、職業などを認識して記録する。
 しかしダンの強力な変身魔法が種族と氏名、そして年齢に関しては偽りの情報を与える形となっていた。

 エリンは、ダンの魔法の凄さをそこまで知らなかったから、自分の素性を知られるのではと、びくびくしてしまった。
 
 当然ローランドは、エリンの正体を知る(よし)もない。
 見たカードには人間族、エリン・シリウス、18歳、地の魔法使いとしか記録されていないからだ。

 呆気に取られるエリンへ、ローランドが言う。

「これで登録は完了。もうエリンさんはこのギルド所属の冒険者だ」

「ええっ!? ダン! 冒険者の登録って、こ、こんなに簡単なの?」

 カードに手をかざしただけで、もう冒険者とは……
 あまりにも安易過ぎる手続きに、戸惑うエリンである。

 しかし、これは特例ともいえる措置なのだ。
 王国から、特別扱いされているダンの特別な事情がある。

「そんなわけないさ」

 エリンの疑問に対して、ダンは微笑んで首を横へ振った。

「本来はもっといろいろ聞き取りをするんだ。種族とか出身地とかの身辺調査をね。そして今のカードを使って整合性があるかどうかを見る」

「整合性がある? 整合性って何?」

 エリンの知らない言葉がまた出て来た。
 勉強しないと!
 前向きなエリンは、当然質問した。

「ああ、整合性があるというのは矛盾がないとか、理屈に合っているって事だ。例えばエリンが申告した事と、魔力が示した事実が合っているかどうかだな。エリンがもし嘘をついていたら、当然失格になる」

 ダンは、顔色を変えずに平然と言い切った。
 凄い! と、エリンは思う。

 ダンは人間に化けさせて、ダークエルフであるエリンの正体を隠しているのに……
 エリンは「どきどき」しているのに、ダンは顔色ひとつ変えていない。
 いわば、ポーカーフェイスという奴だ。
 エリンは質問の答えを知ると同時に、ダンの度胸にも驚いてしまう。

「ふぇ~」

「ははは、その上、冒険者講習とランク判定試験まで受けなきゃいけない。それがこんなに簡単なのはギルドマスターであるローランド様のお力だよ」

「いえいえ、お安い御用です。このような事でダン殿のお役に立てるなら何よりだ」

 ローランドは、あくまでも低姿勢だ。
 というか、心からダンに尽くしたいという気持ちが出ている。
 それが何故なのか、エリンには分からないが……

 王都という街は、確かに怖いし疲れる。
 だが、王都に来る前に予想していたより、ずっと人間は優しい。
 チャーリーを始めとしたクラン(フレイム)の連中も、案内してくれた職員も、サブマスターのクローディアも。

 ダンのお陰かもしれないが、目の前に居るローランドもエリンにも気を配ってくれている。

 エリンはとても嬉しくなって、幸せな気分に満ちていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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