第82話「本当の真実②」

文字数 3,283文字

 ニーナには、ショックだった。
 世界に災いをもたらす根源であるという、恐るべき悪魔が実在する事。
 そしてエリンの一族を、その悪魔が惨殺した事が……

 ニーナはしっかり耳をふさぎながら、凄絶且つ悲惨な様子を想像して黙り込んでしまった。
 そんなニーナへ、ダンは言う。

「ニーナ、考えてみろ。お前のお兄さんは迷宮探索中に魔物により殺された、とても悔しいだろう? その惨劇がもし目の前で起きたとしたら?」

 ダンの言葉を聞いて、ニーナは顔をあげてから、怖ろしそうに身震いする。

「私の目の前で、お(にぃ)が殺される!? ……い、嫌です! 気が狂います」

 ニーナはきっぱり言い切ると、大きく首を振った。
 想像さえもしたくなかった。

 辛そうなニーナの顔を見て、ダンも「さすがに言い過ぎた」と感じたらしい。

「酷い事を言って御免……当然だ、実の兄が目の前で殺されるなんて考えたくもないよな……だけどエリンは、目の前でお父さんと一族を、むごたらしく殺されている」

「!!!」

 改めて言われた衝撃の事実。
 もし、自分に置き換えたら……
 ひとり残されたニーナは、悲し過ぎてもう生きてはいられないだろう。

 まだまだ、ダンの話は続いて行く。

「ダークエルフ達は必死に戦い抵抗したが、残念ながらエリン以外は全員が殺された。エリンは、たったひとりぼっちになってしまったんだ。その上、悪魔王はエリンを無理やり犯そうとした」

「…………」

 ニーナは、言葉が出なかった。
 エリンが魔物に襲われ、乱暴されかけたと聞いて、多少は想像していたが……
 ニーナの想像を絶する、悲惨な事実であったから。
 自分も冒険者の男達に、すんでのところで『おもちゃ』にされかかった。
 だからニーナには、エリンの気持ちが痛いほど分かった。

「その時……俺がエリンを助けた、悪魔王を倒して」

「ダンさんが…………悪魔王からエリン姉を助けた」
  
「おう、助けたんだ。助けた後にはいろいろな事を考えたが、結局俺はエリンを連れて行く事にした。それ以来、一緒に暮らしている」

「…………」

 エリンは、ダンに助けられた事がきっかけで結ばれた。
 ニーナは初めて、ダンとエリンの本当の出会いを知った。
 エリンは親を殺された仇である悪魔から、慰み者にされそうだった危機をダンに救われたのだ。
 暴漢に、拉致されかけたニーナも全く同じである。

 ニーナは、「じっ」とダンを見つめた。
 ダンはニーナの視線を受け止め、大きな声で宣言する。

「さっき言ったが、俺はエリンが大好きだ! エリンも俺を愛してくれている。俺達は幸せさ、エリンは、お前と一緒で最高の嫁だよ」

「…………」

 ダンは、エリンを愛している。
 だけど同じように助けて貰った自分だって、ダンを愛する心は負けていないとニーナは思う。

 ダンは、ここでニーナへ問いかける。

「ところでニーナ、ダークエルフのエリンはお前を不幸にしたか? 怖ろしい力を使って呪いでもかけて来たか?」

「…………」

 ニーナは、暫し考え込む。

 エリンに出会ってから?
 答えは、すぐに出た。

 人手が足りず忙しい英雄亭で快く手伝いを申し出てくれ、一緒に仕事をしてくれた。
 そして恋敵な筈のニーナを、一生懸命励まして話を聞いてくれた夜をはっきり覚えている。

 ニーナは、全然不幸になどなっていない。
 呪われるなど、欠片(かけら)もない。
 それどころか、エリンと一緒に居ると優しい気持ちになる。
 勇気を貰って、元気になれる!
 あの司祭が言った事は、一体何だったのだろうと思う。

 ニーナは、大きく首を横に振った。
 否定の、意思表示をしたのである。

 ダンは、納得したように大きく頷いた。

「真実は……教えられた事とは違うだろう? お前は俺達と居て、とても幸せだと言った、エリンが実の姉に等しいとまで言い切った。誰かが捻じ曲げた創世神の教えなんかより、それこそが真実の(ことわり)なんだ」

「真実の(ことわり)…………」

 ダンの言葉を繰り返すニーナ。

 ここでダンは、軽く息を吸う。
 そして大きく吐きながら、ニーナの名を呼んだ。 

「ニーナ! 俺はお前も大好きだ、嫁にしたい! しかし、この世界の人間にとって創世神の教えは絶対だ。幸い俺はまだお前を抱いておらず、正式に『嫁』にはしていない。もしもお前が、ダークエルフのエリンをどうしても受け入れられないのなら……」

「私が……エリン姉を受け入れられなかったら?」

「悪いが……お前を王都へ戻す。暫く暮らしていくのに不自由ない金を渡してな」

「ダンさん! わ、私!」

「すっぱり忘れて貰う為に、俺を好きだという感情を全て魔法で消す。そして滅茶苦茶怒られるだろうが、とりあえずモーリスさんの下へ帰って貰う。俺の事が大嫌いになってニーナが振ったという形にしてな。……俺とお前はまた客と居酒屋の店員という関係に戻るんだ」

「え、ええっ!」

 もしニーナが、エリンと暮らせないと言えば……
 ダンは、エリンを選ぶ。
 分かっている……
 ニーナはダンと、愛の交歓をしたばかりだ。
 エリンとは、愛の深さが違う。
 積み重ねた時間も経験も違う。

 だがダンは……辛そうな表情をしている。
 愛するニーナを手離したくない。
 顔に、そう書いてある。

 魔法で記憶を消すとか、別れた後の対応を聞くとダンには血も涙もないようにも思える。
 しかしダンはエリンを愛しつつ、ニーナの事を真面目に考えている。
 決して『遊び』ではない。
 その証拠に、ニーナの気持ちをしっかり受け止めてくれた。
 一緒に、新生活をする為の買い物もした。
 この家にも、連れて来てくれた。
 そもそも世間一般の男がするように、ニーナを簡単に抱いたりはしていないから。
 
 エリンの重大な秘密も、ニーナに極力ショックを与えないよう慎重に伝えようとしている。
 ニーナが『拒否』した場合の事も、ちゃんと考えていた。
 
 全てを知ったニーナの中で、今迄に見聞きしたピースがぴったりはまる。
 ダンの言った「自分が魔族だ」という笑えない冗談、エリンの謎めいた暗い陰、そして妖精猫(ケット・シー)のトムとの不思議な約束……
 ニーナに対して、ダンが大きな『覚悟』を求めたのはこういう事だったのだ。
 
「ニーナ……御免ね、今迄騙していて……エリンの事、嫌いになったでしょ」

 エリンが、(かす)れた声で言う。
 いつものエリンと全く違う、元気のない、消え入りそうな声である。
 目には……大粒の涙が一杯溜まっていた。

 朗らかで優しいエリンを、ニーナは良く知っている。
 弱気なニーナの背中をしっかり押してくれて、ダンへ告白する勇気をくれた。
 はっきり言い切れる!
 ニーナにとって、エリンは素晴らしい『姉』だ。

 ダークエルフが汚らわしい?
 とんでもない!
 エリンはニーナと一緒だ。
 肉親が死にひとりぼっちになっても、強く強く生きようとしている女の子なのだ。

 どんなに辛い事だろう。
 何も悪い事をしていないのに、人々から謂れのない差別を受けるなんて。

 ニーナは決めた!
 愛する夫のダン同様に、愛する姉のエリンが絶対に必要だと。
 エリンが見せた、ニーナに対する数多の思い遣りが本当の真実なのだとはっきり確信したのだ。

 涙ぐむエリンへ、ニーナは身を思い切り乗り出す。

「エリン姉……そんな事ないっ!」

「ニ、ニーナ!」

「嫌うなんてそんな事ないよ! エリン姉はひとりぼっちなのに頑張って生きようとしているよ! ダンさんの事が大好きだよ! 私と、ニーナと全部一緒なんだよ! なのに何故嫌いになるの? 大好きだよ! 私はエリン姉が大好きなのっ!」

 ニーナは、エリンが吃驚するくらい大きな声で叫び、ひしと抱きついたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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