第41話「冒険者ギルド⑤」

文字数 2,809文字

 クラン(フレイム)を見送った後にダンはカウンターへ近付き、ベテランらしい職員にひと言、ふた言声を掛けた。
 中年の男性職員は笑顔で頷くと、カウンターから出てダンとエリンを誘って2階へ連れて行った。
 ダンは、どうやらエリンを妻だと告げたらしく、職員は祝いの言葉を掛けてくれた。
 何か恥ずかしくて、エリンは黙ってお辞儀をする。

 笑顔の職員は、先頭に立って階段を上がって行く。

 階段を上り切って、2階に着いたエリンは、また「きょろきょろ」してしまう。
 見れば2階は1階と全く違っていて、間仕切りされた大小の個室が多くあり、扉がずらりと並んでいた。
 職員は、そのうちの中規模の個室へ、ふたりを案内した。
 中には、そこそこ大きいテーブルがひとつと、同じデザインの椅子が6つ。

 職員は「座って暫く待つように」と言い、一礼すると扉を閉めた。

 ダンとエリンは、椅子に座る。
 質素だが、木製の頑丈な椅子がエリンのお尻に、固い感触を伝えて来た。
 座り心地は、まずまずのようだ。

 満更でもないエリンの表情。
 彼女の顔を見たダンが苦笑する。

「ははは、これは家より立派なテーブルと椅子だな」

「うん」

 ダンの家の調度品は、はっきり言って『オンボロ』だ。
 ずっとひとりきりで暮らしていたダンは、家具の程度など、今迄まったく無頓着であった。
 道具は、「機能さえ果たせば良い」と考えていたのだから。

「エリンが来たから、王都でもう少し良い、テーブルと椅子を買って行こうか?」

「ふ~ん、地上って……何でも買うんだね」

「いや地上っていうか……物を買う習慣がないのは、エリンが王女様だったからだと思う。エリンの世界にだって、貨幣はあった筈だから」

「う~……エリンは良く分からない」

 王族であったエリンの日常では、何か欲しいと思えば、お付きの侍女が手配してくれた。
 だから、何も不自由した事はなかった。

 しかし今、エリンは高貴なダークエルフの王女ではない。
 地上に住む平民であり、必要なものは、自らの手で得ていかねばならない。

 でも、ダンが居るから安心する。
 地上の事を何も知らず、つい迷いそうになるエリンの手を、しっかり握って導いてくれるから。

 こんこんこん!

 ダンとエリンが他愛もない話を続けていると、扉がノックされた。

「はい!」

 ダンが返事をした。
 すると……

「ダン様、サブマスターのクローディアです。お迎えに上がりました」

 涼やかな女性の声が響く。

「ああ、お疲れ様。じゃあお願いします」

 ダンが慣れた様子で返すと、扉が開いた。
 現れたのは30代半ば、すらりとした長身の美しい女性である。
 金髪で短髪。
 凛々しい男顔。
 ほんのちょっとだけ、アルバートの妻フィービーに似ていると、エリンは思う。

 クローディアは、ギルド職員からエリンの事を聞いたらしい。

「ダン様、ご結婚おめでとうございます。成る程……この方が奥様ですね」

 いきなり視線を向けられて、エリンはどきどきする。

「え? 貴女は?」

「これは、これは失礼致しました。初めまして、奥様。私はクローディア・リー。この冒険者ギルドのサブマスターを務めさせて頂いております」

「エリン、クローディアさんへ挨拶は?」

 ダンに促されて、エリンはおずおずと挨拶する。

「う! は、はい! わ、私はエリン……シリウスです。ダンのお嫁さんです」

「エリン様ですね。何卒宜しくお願い致します」

「こ、こちらこそ」

「エリン、このクローディアさんは、マスターの優秀な参謀さ」

「うふふ、過分な誉め言葉ですね。……では、ご案内いたします。ダン様、エリン様、こちらへ」

 今度はクローディアに誘われ、ダンとエリンは更に階上へ向かったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 クローディアに案内されたのは、この巨大な冒険者ギルド本館の最上階である5階。
 その5階はいくつかの部屋に仕切られていたが、どうやらたったひとりの男の為のフロアであるらしい。

 その部屋のひとつ。
 重厚な扉の前に立ったクローディアは、相変わらず涼やかな声で部屋の中へ呼びかける。

「マスター、ローランド様……ダン様と奥様をお連れしました」

「ふむ……クローディア、ありがとう。下がって良いぞ」

 クローディアの声に応えて、落ち着いた声が返って来た。

「はい! かしこまりました。では、私はこれで……失礼致します」

「ありがとう、クローディアさん」

「いえ! では!」

 クローディアは、軽く一礼すると去って行く。
 エリンが見て、軽やかな身のこなしからすると、クローディアは結構な武道の嗜みがある。

「エリン、入るぞ」

「う、うん……」

 ダンが扉を開き、中の様子が見えた。
 緊張したエリンの目に入って来たのは、高価そうな応接セットだ。

 手前の椅子に座っていた、年配の男がゆっくりと立ち上がり、こちらへ来る。
 どうやら彼が、ローランドと呼ばれたギルドマスターのようだ。

 年齢は、60歳近いだろうか。
 身長は180㎝くらいで、ダンとほぼ一緒。
 しかし、肩幅が広くがっしりした体格で、ダンより遥かに逞しかった。
 
 高価そうな革鎧を纏っており、腰には魔力を放つ長剣を提げていた。

 エリンが顔を見ると、シルバーグレイの短髪で彫りが深く精悍。
 やはりこの人も、「アルバートにちょっとだけ似ている」と、エリンは思う。

 ダンとエリンの、視線を受けたローランドは優しく微笑む。
 まるで、肉親に向けるような笑顔である。

「ダン殿、よくぞ参られた。おお、その女性が奥様か、さあさあこちらへ」

「ローランド様、失礼する」

「し、失礼します」

「遠慮しないで欲しい。こちらへ座って下さい。今、お茶を淹れましょう」

「申し訳ない! マスター自らとは」

 ローランドが、自らお茶を淹れてもてなしてくれると聞き、ダンが恐縮する。
 しかし、ローランドは軽く手を振る。

「何の、何の、昔からお茶は自分で淹れていますから」

「ありがとうございます! ではお言葉に甘えてご馳走になります」

「ははは、座って、座って」

 ダンとエリンは、肘掛け付き長椅子(ソファ)へ座る。
 洗練されたデザインと適度な硬さのクッションが、エリンに心地よさを与えてくれた。

「うわ! この椅子最高! 格好いいし、気持ち良い!」

「確かに気持ち良いな! やっぱり買わないと駄目だな、家具」

「そうだよ! 買おう!」

 背後から他愛もない会話をする、ダンとエリンの声が聞こえる。
 ローランドは優しく微笑みながら、茶葉をポットに落としたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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