第160話「モーリスの決意②」
文字数 2,112文字
理由も分からず、自分だけいきなり笑われたら、誰だって腹を立てるものだ。
「な、何だよ!」
思わず顔をしかめたモーリスへ、ニーナが両手を合わせ、謝る。
「ごめんなさい! これからモーリスさんが目の当たりにする事を私も、ヴィリヤさんも、ゲルダさんも経験済みなの。リアクションも予想出来るから、つい思い出し笑いしたのよ」
ニーナが、笑った
「おい……ニーナ、何だ、それは?」
「ご、ごめんなさい……」
昨日事実を隠した事もあり、ニーナは再度、申し訳なさそうに謝るが……
ダンは、何事もなかったかのように、ふたりのやりとりをスルー。
「おっと、一応、大声が漏れないよう、昨日同様、防音の魔法も掛けておこうか?」
ダンが悪戯っぽく笑ったので、妻達も同調する。
「うん、それが良いよ、旦那様」
「ダン、ナイスアイディア」
「ニーナも大賛成です」
「以下同文」
「???」
まるで合唱のような女子軍団の相槌。
もう、モーリスは、何が何だか分からない……
?マークを、頭の上に一杯飛ばしていた。
だが、ここで一転。
ダンが、真剣な表情になる。
「悪いな、モーリスさん、散々いじってしまって……じゃあ、覚悟を持って、見て聞いてくれるか? 俺は、あんたの常識を思いっきりぶっ壊すから」
「な?」
「先ほど、何も悪い事が起こらなかった……あんたがそう言った事を、しっかり思い出してくれ」
「は?」
「さあ、エリン! 何度も悪いな」
「はい! 全然、構わないよ」
ダンの声に応え、エリンがすっくと立ちあがった。
「おいおい、ダン。エリンちゃんが……何だと言うんだ?」
相変わらず、戸惑うモーリスだが……
エリンの、真の正体を。
ダンは、「ピン!」と部屋中に響くような音で、鋭く指を鳴らした。
すると、変化の魔法が解けた!
目の前の……エリンの輪郭が、ぼやけて行く……
もう、何度繰り返された光景だろうか……
しかし、エリンは感じている。
自分が、真の姿を見せる度、信頼すべき仲間がどんどん増えて行く事を。
「お、おお!……魔法か!? エリンちゃんの顔が! 髪が!」
あっという間に、エリンの顔立ちが変わって行く。
瞳がダークブラウンから菫色へ、髪が薄い栗色からシルバープラチナへ、そして耳も変わった。
そして、左右からエルフ族特有の、尖った小さな耳がぴょこんと飛び出したのだ。
やがて……
真の姿を見せたエリンは、「じっ」と、モーリスを見つめた。
「モーリスさん、ごめんね、騙していて、これが本当の私なの」
「おお……おおおおお!!!」
モーリスは絶句。
目を丸くして、唸るしかなかったのだ。
「さ、さすがに! お、驚いたぜ……」
エリンの真の姿を見て……
動揺していたモーリスは、改めて大きく深呼吸した。
魔法使いでなくとも、落ち着く方法は、ほぼ同じだ。
ダンは微笑み、モーリスへ、労りの声をかける。
「大丈夫か、モーリスさん。落ち着かせる鎮静の魔法でもかけるか?」
「い、いや、もう大丈夫だ……で、エリンちゃんの正体って、何だ?」
「ダークエルフは、悪しき存在」という認識はあるが……
彼等の容姿を、世間ではっきり知る者は少ない。
創世神教会の教えにより、『邪悪』というイメージだけが先行し、誰も本当の姿を知らない。
一般人のモーリスが、すぐに認識しないのも無理はない。
変身を解いたエリンの姿は、誰もが息を呑むほど美しいから、尚更である。
モーリスの質問を聞き、ダンは言う。
「さっき、俺が言った話を覚えているか?」
「あ、ああ……俺の身に悪い事が起こらなかったか? という事か……って! ま、まさか!?」
「ああ、そのまさかさ。エリンはダークエルフ、正式にはデックアールヴという種族なんだ」
「…………」
「モーリスさんも、子供の頃、習っただろう? 創世神教会の司祭から……」
「ああ……習った」
「だが、そんな事はくだらない迷信さ。エリンが貴方に何をしてくれたか、考えたら分かる筈だ」
「…………」
「少なくとも、ここに居る全員は、俺も含め、エリンによって幸せにして貰った。誰も否定しない」
「だ、旦那様!」
ダンの言葉に、感極まったのか、エリンは大きな声で叫んだ。
深い菫色の美しい瞳が、潤んでいる。
「エリン、胸を張れ! お前は皆を励まし、前を向く力を与えてくれた。呪いなんか、微塵もない」
「あ、あう!」
「それどころか! お前と話した者は皆、笑顔になる。元気が出る。エリン、お前は幸せをもたらす使者なんだ」
幸せをもたらす使者!?
呪われていると蔑まれた、この自分が!?
「だ、旦那様ぁぁぁ!!!」
エリンは絶叫し、ダンに抱きつくと、
「う、わああああああああああん!!!」
人目もはばからず、号泣してしまったのであった。