第16話「呪われた一族②」

文字数 2,665文字

「ダン! それ以上言うな!」

「ダン、いけないわ」

 ダンが、話の流れでカミングアウトしそうになるのを、慌てて止めるアルバートとフィービー。
 普通なら何事かと気にする所であるが、エリンはあまりに悲しんでいたから碌に聞いていなかった。

 慌てるアルバート達の制止を聞いて、ダンは逆にエキサイトしてしまったようだ。

「だったらエリンへ、呪われたとかそんな酷い事言うな。この子に罪はない」

「い、いや! だが創世神様がお怒りになり、彼等は地上から追放されたのだぞ……」

 この世界で、創世神の教えは絶対であった。
 白と言えば白、黒と言えば黒なのだ。
 
 しかしダンは、首を振る。

「ダークエルフは数千年以上地下で静かに暮らして来た。エリンの言う通り誰にも迷惑を掛けていない。そしてこの子以外は悪魔共に皆、殺された。もし罰とやらがあるのなら、もう十分受けた筈だ」

 今度は、フィービーが反論する。
 ダンの言った言葉を受けて。

「ダークエルフが悪魔に滅ぼされた!? や、やっぱり呪われているのよ」

 エリンを、更に貶めるフィービー。
 未知への恐れから来る、人間としては仕方のない感情ではあったが、ダンには絶対に許せなかった。

「ふざけるなよ! この子は良い子だ。優しくて真っ直ぐな女の子なんだ」

「でも……創世神様が……」

「何が創世神様だ。だったら俺はどうだ? この子が呪われているなら、助けた俺は魔王に勝てなかった。もしくは天罰とやらを受けて死んでいる筈だぜ!」

「で、でも……呪われた一族なのは確かよ。古文書にも書いてあるし、エルフ達もそう言っているわ」

 フィービーの『反論』を聞いた、ダンの口調はますます強くなる。

「おい、フィービー、もう黙れ! そしてアルバートもだ! 古文書? エルフ? 謂れのない差別なんて冗談じゃないぜ。俺は断固としてこの子を嫁にする。お前達の出す依頼も今迄通り受けて完遂する。それで良いだろう?」

「し、しかし!」

「ダン!」

 更に反論しようとするアルバート達が、ダンにある意思決定をさせた。

「王家に命じられた監視役でも、お前達は良い奴だから友達だと思ったが、どうやら俺の勘違いのようだ。もしそれ以上ガタガタ言うようなら俺はこの家を出てエリンと旅に出る。どこか遠い他国へ行きこの国の王家とも一切絶縁する……それでも良いんだな?」

 ダンがこの家を出て、王家と絶縁する!?
 も、もしそんな事になったら一大事だ。
 任務不履行で、自分達夫婦の命は確実に失われるだろう。

 エリンに対する不安以上の、恐怖にアルバート達は陥ってしまう。

「そ、それはこ、困る!」
「勘弁して!」

「だったら、今日はもう帰れ。少し頭を冷やして来い」

 ダンはアルバート達へ、帰宅とクールダウンを促した。
 今のままで、これ以上会話を続けても、お互い不毛になるだけだと。

 だがアルバート達は食い下がる。
 ふたりが負った重大な任務の為に、ここで簡単に引くわけにはいかない。

「しかし!」
「でも!」

 アルバート達の言葉を聞いた、ダンの眉間に皺が寄り、眼差しが一層冷たくなる。

「おい! あまり俺に同じ事を言わせるな……帰れと言ったんだ」

 低く凄みのあるダンの言葉に、アルバートとフィービーは震えあがった。
 ふたりとも、ダンの実力を良く知っているようであった。

「わわ、分かった!」
「かかか、帰るわ」

 アルバート達は慌てて立ち上がると、即座に家を出て行った。
 ダンはふたりが来た時と違い、見送りもしない。
 エリンから見ても、相当怒っているようだった。

「ダン……」

 重苦しい空気の中、エリンがぽつりとダンの名を呼ぶ。
 激しい葛藤が、エリンの心を蹂躙していた。
 
 あの人たちが言う通り、エリンがこの家に居たら……
 ダンには大きな迷惑がかかるのだろうか?
 エリンは呪われた子だから……
 出て行った方がダンは幸せになるのだろうか?
  
 ……だけど、やっぱりエリンは……
 
 そう!
 ダンと離れたくない!
 いや! いや! いやだ!!!
 
 でも……ダンは何と言うのだろう?
 やっぱり呪われたエリンとは暮らせないから……
 出て行けって……言うのだろうか?
  
 ダンと別離する、不安と恐怖が交錯する中……
 エリンはダンを見る。
 そっと、そっと表情をうかがう。

 しかしダンの見せた笑顔は、今迄の怒った表情とは一転してとても優しいものであった。

「悪かったな……エリンに辛い思いをさせて」

「ダン……エリン、ここに居て良いの?」

「ああ、ず~っと居ろ。全然構わない……本当に本当に御免な」

「ううん……良いの、凄く嬉しい事もあったから」

「凄く嬉しい事?」

「エリンの事、俺の嫁にするって言ってくれたよ、ダンが」

 エリンが無邪気に喜ぶ顔を見て、ダンは思う。
 この子には自分の素直な気持ちを言う事が出来ると。

「おお、言った。確かに言ったぞ」

「ああ、良かった! エリンの聞き間違いじゃなかったね!」

 「ホッ」として涙ぐむエリンを見て、ダンは思う。
 今……自分の気持ちがはっきりと分かった。

 エリンが愛しい!
 絶対に失いたくない!

 ダンは優しい笑顔になっている。
 これもエリンのお陰だ。

 だからエリンへ伝えなくてはいけない。

「ああ、お前もひとりぼっちなら、実は……俺もそうなんだ。お前さえ良ければ一緒に暮らして行こう」

「わぁ、嬉しいっ! これでエリンとダンは相思相愛だね、両想いだねっ」

 いきなりエリンが恋愛用語を使った。
 それも、これからふたりがそのような素晴らしい間柄になれれば良いという理想形の言葉を。

「エリン、お前って難しい言葉を知っているなぁ。……そうだよ、俺お前の事が凄く気になる……好きなんだ」

 ダンに「好きだ」と言われ喜ぶエリンであったが、更に得意そうに拳を突き上げる。

「うふふっ、だったらエリンの勝ち!」

「へぇ、お前の勝ちなのか?」

「うんっ! エリンはダンの事が大大大好きだからっ」

「そうか、そりゃ完全に俺の負けだな。でも俺だってすぐにそうなるよ」

「うふふ、相思相愛、両想いっ」 

 飛びついて来たエリンを、ダンはしっかりと受け止めた。

 ふたりはじっと見つめ合い、唇を「そっ」と合わせていたのだった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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