第73話 美しい老

文字数 769文字

 友は米寿を迎えた。
この年まで生きていると心身ともに老化する。バランスよく老い
ると、侘び寂びが出て理想の老いになるのだが、人生はままならない。
加齢に比例して老化は加速する…歯が抜けたように、友達はひとり
またひとりと向こう岸へ渡ってゆく。お先にと挨拶を残す友もあれば
知らぬ間に駆け抜ける友もいる。
 
 50年来の友、Kを訪ねた。Kは冬の陽を部屋いっぱいに浴びて介護
ベッドで伏せていた。穏やかな綺麗な顔を見てほっとしたのと同時に
なぜ?と不思議が込み上げる。
  
 この穏やかさは自分で培ったものであろう。Kから愚痴や悔やみごと
など聞いた覚えがない。Kはいつも相手を慮っていた。
「よくきてくれました」と息子の嫁Rがお茶を持って入ってきた。
「お母さんそれこんなにこぼして」と胸元のタオルで口元を拭く。
その仕草が、暖かく見ていて、ほろりとした。
お薬を飲ませ、お茶をいただき、3人でしばらく談笑した。
「今日は本当にありがとう。またきてくださいね」とRは笑みを残して
部屋を出ていった。私がRに労らわれたようで心が和んだ。
「いつも感じるんだけどいい嫁さんね」
「Rはいうことなしよ。私はありがたいと思っているから言葉に出して
『ありがとう』といつも言っているだけよ」
 仕事の、旅行の仲間内では「理想の嫁、姑」とての定評はあったが、美
しく老いた友を目の当たりにして、しばらく「ありがとう」の余韻に浸った。
 
 「88年って短かった。よかったと思えたのは少しの間だった」
この時Kはしみじみ語った。幸せを絵に描いたように見えたKの生き越し
方にも、陽の当たらない時期もあったらしい。とおぼろに知る。生きると
いうことには、曲がりくねった未知を歩くのだと知ってほっとした。
そこにあの魅力的な人間性が培われたのだと納得した。
 綺麗に老いたKとの会話を思い出してほんわかしている。









ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み