第48話 今度こそ終の住処へ

文字数 1,213文字

 朝は雨模様だったが、引っ越しに合わせるように晴れてきた。
惨敗の末というか、待望というか?新しい未踏の人生が始まる。

 息子夫婦と運転手の3人はリレイ式でエレベーターへ荷物を運び込む。
アッという間に、部屋は伽藍堂になった。夢と失意と運命を混然とさせ
た55日間は、人生初めての事ばかりだった。
 
 日曜日なので、デイケアの人達の出入りもない。一番大きなのは
電動ベッドで、半分解体して運んだ。私は、鞄一つを持ってうろうろ
していただけだ。2か月前の引き越しは指揮していたように思うのだが、
老は一気に、まるで地滑りのごとく迫ってくる。油断はできない。

 絨毯を敷き大きな家具を定位置に安定させて
「あとは、オカンが好きにしなよ」さっさと、息子たちは引き上げた。

  袋や箱に詰めただけで、荷造りらしいことはしていない荷物が雑然と
積んである。まずお茶の道具を出してお茶を飲んだ。午後3時、西に傾いた
南の太陽が、部屋の中まで照らしている。

 慌ただしかったこの5日間を振り返っていた。
「念ずれば通じる」何箇所、探し回ったことだろう。「帯に短し襷に長し」だ
った部屋探し。90のお婆に貸してくれる家や、アパートはどこにもなかった。

 半分は、息子の家に帰ることを条件に、息子が借りたこの2LDKのマンション。
 公道に沿って建つ1部4Fと1部8FのL型。4Fの東の端が私の終の棲家だ。
東、東南、南、北にも相応な窓が空いている。180度の展望と日光と風。100
点だ。ただ人の嫌う、4Fと9号の数字、その上家相学的には東南が欠けている。
 時間と金をかけて30年も学んできた気学の教えを無視する結果になった。が、
若人でなく未来へ羽ばたかないから、東南の欠けもこれでいいのだ。と無理に納得。

 4年振りに娘が帰ってきて、使い勝手が良いようにプロ目で見て買い揃えた。
「これだけ騒いでみんなに迷惑をかけたのだからせめて1年はここで辛抱してね」
「今度は死ぬ直前までここで暮らすから。ここでは無理と感じたら病院へ送って、
知っての通り尊厳死協会にも入っているから」

 居ながらにして大橋を昇る太陽を拝み、故郷に沈む陽を点まで納め、ありがとう
の1日の明け暮れである。申し訳なくて、誰かに何かに、悪いような気がしている。

 小さい山だが、今頂に居る。好むと好まざるにかかわらず自然の中で暮らせば
立ち止まることはできない。流れに沿えば、やがて山を降りねばならぬ。
潮満ちてまた小さい山の頂きを目指すことができるのであろうか?明日はわからない。
今日がよければよい。それが我がためになればよい。いい加減なのだ。過去を見る自分
の目に変化が生まれてきた。規則正しくなくても、よいではないか。
 未来へ向け拍手する気持ちと否定する心が同時にやってきて肯定する。
 肯定しても陽は昇る。ぬるま湯と気づいかず、満足して浸かっている。
 平和で幸せである。
 この平和が明日も来ると信じて今日ひと日楽しく生きよう。







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