第58話 白銀に招かれて

文字数 591文字

 窓を開けると故郷の山が見える。
山は白銀。連山も真っ白。
兄の愛した風車が更にかがやしをましている。

「今雪降っとるで」 
「今は降っとらんけど積もっているよ。好きなんだろおいで」
おいでに招かれて雪山の麓まで行った。凍ったところもなく道
はいつもの通り。しかし、少し陰に入ると、ところどころ光っ
ている。タイヤは雪用のでないから雪山を見上げただけで、心
を残して方向転換した。

 菩提寺の大銀杏はすっかり冬の木になって、狐狸の屋根が
透けてよく見える。代々墓の仏花は生き生きとしていて、ち
ょっとだけ、返事のもらえない話をした。
墓地を通り抜ける風は冷たい。

 おいでと呼んでくれた婆さんは上級生で運動会の花形選手
だった。近寄りがたかったのに、いつの間にか無類の仲良し
になり、藁草履を作ったり、花見をしたりお互いに欠かせな
い存在の同志である。この世の中同志が最高。

 彼女は裏の離れにいた。
冬の陽がこたつの上まで差し込んで部屋は暖かかった。
「足は痛いし腰は伸びないし、歳を重ねて生きることは
大変なことじゃぁなあ。それでも口はいけるの」
「そうよ何を食べても美味しうもんなあ」
「この分ならまだしばらく大丈夫だろうか」
「大丈夫よ、未だあの桜もお目にかかってないでしよう。
春がきたら今年こそあの桜を見てね」
「楽しみにしているわ」
 陽がいると急に寒くなるからと早めに辞した。

 故郷はいい。遠くに居ても、近くに居ても。


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