第133話 幻のジンゾク丼

文字数 908文字

 新年おめでとうございます。辰年にあやかりたいものです。
戦争の最中に生まれ、物心ついた時は食糧難のど真ん中だった。
銀飯は数えるほどしか食べさせてもらえなかった。その内、銀飯は愚か
麦飯もはめず、芋の粥を啜って飢えを凌いだ時代は、忘れ去られた過去である。

 忘れ難い過去もある。夏休みの一日。年に一度だけ家族で川遊びをした。
故郷を流れている川は清流だった。宮前の堰の上、二百メートルぐらいは流れれも
緩やかで、石も少なく瀬も浅い。貝殻に穴をあけ棕櫚縄で数珠つなぎにしたこ「ゴロ」
という捕魚器で「ジンゾク」を大包に追い込むのである。
 まず川をV型に浅く堰き、三角点に大包みを設置する。川上から父と兄が「ゴロ」の
左右の端を引きながら追い詰めてゆく。私と弟は友軍で「ゴロ」を引きやすく石をのぞたり
声を掛けたりと遊びの域を超えて真剣だった。四~五分引いただろうか、ついに大包に追い
込み、父が大包みを持ち上げた。
 八ツの瞳が大包に集中する一瞬である。
「ジンゾク」は何十匹否、何百匹も跳ねている。小海老も「ドジヨウ」もいた。
二回も繰り返すと食べ切れないほどの収穫だっだ。
「ジンゾク」は井戸水で綺麗に洗い器に入れて醤油を振りかける。
「どうして醤油をかけるの」問うと、
「『ジンゾク』がアッと驚いて口を開け同時に砂をはきだすから」
とこともなげに祖母は言う。なるほど砂を吐き出していた。
先人の生活の知恵に感心したものだ。
 普段食べたことのない卵で綴じた「ジンゾク丼」は少しジャリづいて
喉越しはいいとは言えなかったが、美味しかった。
何ぶん「ジンゾク」の下に銀飯が盛られていたから、
美味しさも倍の倍、美味しかった。
 一年に一度きりの、父と兄と弟と共に捕獲して食べた「ジンゾク丼」は
またとない、唯一無二の馳走であった。
 どこを探しても「ジンゾク丼」はないだろう。ないはずである。
「ジンゾク」は方言で標準和名は「カマツカ」と言うらしい。
それにしても「カマツカ」はもういないのだ。
そうだあれは「幻のジンゾク丼」である。
 あんなに生息していた小魚たちはどこへいった。取り尽くしたのか。
 いいえそうではない。
 魚たちが住みにくい川になったのだ。と切実に思う。



















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