第6話 昭和は遠く(3) 

文字数 514文字

 野や山には、ぜんまい、ふき、虎杖、竹の子や蕨と、
山の幸で春が匂い立つ。

 長兄が七十三歳、弟が六十三歳、中程に次兄と私がいる。
次兄は目が不自由なので入山はできない。
 兄は「今日はとっておきの穴場へあんないするぞ」
裏山へ向かう。こんなことは後にも先にもなかったことだ。
 三十センチほどに切った紐と袋を持って、兄に続いた。

 「さあ着いたぞ」そこはほんに蕨の山だった。
山に隣接した竹藪では、竹の子が青い目を出している。
鶯が一羽きて囀っている。ついこの間、笹鳴きを聞いた
ばかりと思うのに、自然は片時も待ってくれない。
 下草が綺麗に刈られた山には、摘みごろの蕨が林立。
 兄を中にして、三人は陣取った。     いざ。
枯れ草を踏む微かな音と、ポキポキと蕨を手折る音のほか
何も聞こえない。自然は無心の世界へ誘ってくれた。

「もうよかろう。そろそろ帰ろうか」
突然、兄の声が静寂を破った。
鶯がが二羽になって競演している。ススメの一群も加わって
姦しい。カラスも遠くで鳴いている。
自然と生き物の織りなす平和な故郷のひとときだった。

 帰途、ポキポキの話を交えて友に蕨を配って行く。
袋を開けるたび「ふわっと」と匂う。
 蕨の匂いは、春の香りだ。故郷の匂いだ。


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