第70話 帰ってきた花子

文字数 1,222文字

 新聞の広告欄に掲載された「花子」そっくりの「ゴン」の姿に
目が釘付けになった。早速図書館で本を借りた。
「高野山の案内犬ゴン」を一気に読んだ。野良が飼われて厳しい
高野道を人間を案内したという類い稀な犬、ゴン。高野山の慈尊院
境内には、弘法大師と並んでゴンの銅像が立っているという。
愛犬ゴンの生涯を綴った児童本は、活字も大きく言葉も理解しやすく
読後感感も爽やかだった。この程度の本が今の自分にはちょうど良い
のかもと悟った。
 明日を語ることも少なくなって、強い磁気で昔に引き戻されてゆくと、
そこには花子が生きていた。言葉は交わせなくても、心で話し合えた花子
とは、主従の関係ではなかった。家族だった。
そして団欒の中心はいつも花子だった。
 どう見てもゴンは花子である。弾んでゴンの絵を息子に見せたら
「白いそんな犬は5万と居るわ」あゝ我が心、子知らずである。娘に送ると
「本当によく似ているなぁ。花子が生き返ったよう……」
「ほんま、耳、目といい、口許といい、そっくりだろう」
ルンルンとなり時空を飛んだ。

 近所の子供の遊び仲間が太くて丸々した子と細くて小さい子の両極端の
子犬を竹輪5本と一緒に持ってきた。なぜか小さい子を貰って花子と名付けた。
小屋もないので、2階の中庭で飼っていた。親も子も自分の都合に合わせて
遊び「ちょっとだけよと」家に入れた。いつとはなしに家の内と外との区別も
つかなくなり、女王さんのようになった。「花子」はスピッツと柴犬の混合の
雑種で、綺麗な目をしていたし、耳もピンと立ってカモシカのような足をして
美犬だった。というのは家族だけの話で、食の細い子だったから、人の目には、
痩せて貧相な犬に映ったらしい。
 夫婦喧嘩の仲裁は得意芸で、声の大きい方へ寄っていって両手で口を押さえた。
私には、つき回った。ある時、トラックで国道を駆けていると同じトラックが前を
走り、その後を「花子」が追いかけている。私の車と見紛ったのだろう。
「どうしよう花子だ」花子を追いかけた。赤字号になるのを待って花子を抱き上げた。
ハアハアと息苦しそうな吐息だった。犬は臭覚が優れているというが目も良いので
あろうか?以来、車で出る時は、いつも花子を助手席に乗せた。
また、知らぬ間に懐妊し、真っ白い子を7匹産んだ。柔らかい陽を受けた芝生で8匹
の団欒の写真が残っている。私も花子も一番幸せな時だったのかもしれない。
 
 夫の逝った後、花子と二人?で暮らした2カ月の間。この子に慰められ癒された。
その後、余命を宣告されて18日目。仕事場の小さいベットで寝させていたが、急に
吐く息が荒くなった。狼狽えて近くの友達を呼んだ。

「花子よう頑張ったなぁ。長い間、人間の仲間入りさせてごめんな。あの世では犬
の仲間と仲良くしなよ。ありがとう花子。さよなら花子!」涙が止まらない。
「さよなら」を虫の息で捉えた花子は尻尾をピンと立て、下ろしたと同時にこときれた。
 花子との劇的な永遠(とわ)の別れだった。
 








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