第82 話 山の幸

文字数 466文字

「蕨がたくさん採れた。いるで」
「いるいる。でも私、もう自動車ないの」
「バスに乗って持っていくわ。十一時のバスに乗るから」
「ありがとう。駅まで迎えに行っているから」

 3月に小旅行を共にした故郷の農耕民族の同志である。
多分どっさり持ってくるだろうと、大きなリュックを用意して
迎えに行った。
 
いつも一人のランチ。今日は二人で楽しんだが、今日に限って
あまり美味しくなかった。彼女に申し訳なかった。

蕨に竹の子、ふきに田舎漬けのたくあんとボタモチ。
虎杖の酢の物、胡瓜の辛子漬け、何もかも美味しい。
彼女の得意はササゲのボタモチで、私は専ら田舎寿司ばかり。
何を食べても美味しいなと二人とも健啖。
早めの夕食を済ませた。
  
 二人の会話には、夢や未来はない。野菜と草花と遠い過去の
思いで話だが、二人は十分満たされていた。
悲しいことは禁句、心温まる語らいは山ほどある。
楽しい時間はアッという間に過ぎてゆく。
 暮れなずむ陽を受けて彼女は帰った。バスは後続車に遮られ
すぐ見えなくなった。

 急に淋しくなった。
明日は旬の田舎寿司を作って、山の幸をお裾分けしよう。

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