第114話 ドイツ村を読んで

文字数 962文字

 日英同盟の関係で日本がドイツに宣戦布告した過去がある。
その戦いで青島から捕虜として日本に送られたドイツ兵が
坂東に収容されていた。そこは俗に言うドイツ村。
 ドイツ村として今も県民に親しまれている坂東捕虜収容所の跡は、
音楽文化、食文化を通して市民の憩いの場所として愛されている。
 また日本で初めて演奏された第9はあまりにも有名である。
第9の陰にひっそりと心通わせた男女がいた。彼はヘルマンと言った。
ヘルマンは一人分のアスピリンしか手にすることができなかった。
しかしスペイン風によって、それもアスピリンによって愛は自動的に消滅した。
淡雪よりもなお淡い捕虜の身のヘルマンの青春に胸打たれたが、如何ともせんである。
 もし、あのとき、ヘルマンと親交のあった惣太郎がスペイン風邪にかかって
いなかったら、アスピリンは愛しい彼女に渡っていただろう。
 彼女はスペイン風であえなく死んだ。
 神のみぞ知る人生の不思議、天の采配を改めて感じる。
 ヘルマンの心を惑わせたアスピリンは、図らずも惣太郎の息子「幸太」
の手に渡った。惣太郎は自分は飲まずに「幸太」に命を繋いだのである。

 惣太郎もスペイン風で逝った。
 葬儀の時、惣太郎の妻、好江はヘルマンと目が合い、「幸太」の坊主頭を
抑えてお辞儀をさせた。好江は知っていたのだ。

 医療の整わなかった戦時下にせよ、県下で数千人もの死者が出たと言う。
コロナの比では無い。 

 1920年ついにドイツ兵たちは日本を後にする時が来た。
国境を越え、立場を超えて育んだ人間と人間としての交流は最後までドラマだった。
 別れの時、ヘルマンは「幸太」に駆け寄って、抱きしめた。
「幸太」は小さい声でアスピリンと言った。
ヘルマンによって繋いだ命のことを知っていたのだ。
「幸太」は一枚の紙をヘルマンに渡した。
「ソバイツ ド デア……」と書いてある。
「ソバイツ ドウ ディア ベルトラウスト ソバイツ  ワイスト
ドウ  ゾウ リーブン」ヘルマンが読み上げたのはゲーテの言葉であった。
「それは自分を信じること。そうすれば進むべき道が見えると言う事だよ『幸太』」
別れに図らずも2人を繋いだゲーテの言葉は「ソバイツ ド デア」であった。
「幸太」は生涯忘れないだろうヘルマンの事を。
 遠く離れた地でヘルマンも坂東と共に「幸太」を忘れないだろう。








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