第66話 花子アンド次郎

文字数 865文字

 やがて5○年にもなるだろうか。
末っ子が竹輪5本といっしょに近所からもらってきた子犬は、
雑種の痩せた子だった。食の細い子で終生太らなかった。
 誰がつけたか定かでないが花子と呼んだ。
 花子は紛れもなく家族の一員となり、お正月の家族写真にも
真ん中ですまし顔で写っている。写真屋さんは動く花子にピント
を合わせるのに一苦労していた。
 富士山登頂も一緒にしたし、夫婦喧嘩の仲裁も花子がした。
応接セットの一角は花子に占められ、私の車の助手席も彼女の指定席。

 気をつけていたのだが、どう間違ったのか懐妊し、7匹の真白い
子犬を産んだ。椰子の木の下の芝生で戯れている子犬を見つめる花子は
母親の愛に溢れていた。7匹の子犬は竹輪5本と共に里子に出した。
 花子はその後、避妊手術をした。術後は一日中、亡夫の机の横で
寝ていた。生きるものの、自衛本能を深い感慨をもって見守った。

 何年か経て、亡夫がすべて面倒を見ると言う約束で、セントバーナード
が飛行機に乗ってやってきた。ファミリーがまたひとり増えた。

 亡夫が次郎と名付けた犬は、成犬の花子と同じくらいの大きさで、2匹は
すぐ仲良しになった。次郎が道でボーッとしていると花子は走って突撃する。
微笑ましいこんなことも1ケ月もすると、見えなくなった。次郎の成長が目覚
ましく、2匹の身体的格差が広がり、突撃シーンは棚上げになった。

 調教師が来て次郎の訓練が始まった。その結果、亡夫の命令は史上命令で
私の言うことは全然聞かなかった。
 
1年後次郎の体重は80キロになった。毎日1キロの合い挽き肉と同量の
ドックフード、牛乳3本、卵2個をペロリと平らげた。排泄物も想像を超えた。
 
 長男も次男も次郎に興味を示さない。
夏休みに娘の帰省を待って、亡父と私、花子と次郎と娘で川へ飯盒炊飯にゆく。

 次郎は肉体的に暑さに弱いから、冷たい水はよほど嬉しかった様子。
 花子は本物の犬かきで泳いだ。こんな夏休みが3年続いた。

 この時が私たちにとっても、犬たちにとっても一番幸せな時だった
のかもしれない。

 やがて亡夫の健康に点滅信号が点る。




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