第129話 九十一歳のつぶやき(2)

文字数 862文字

 娘の長女、孫娘が結婚の報告に来た。何と婿殿は六歳も若い。
息子たちは夫婦揃って私の企てた夕食会に来てくれた。
「ばあちゃんはその内、子供のようになるから、これからはこの伯父さんや
叔母さんだけが頼りだ仲良くしてもらいなよ」と紹介しておいた。
婿殿は、よっぽどお気に召したのか「近いうちにまた来ます」と宣った。

 まあしばらく紹介者の顔を立ててと軽い気持ちで通い始めたディケアセンター
であるが、振り返ってみると今ではその日の生活の主軸になっている。
休むとリズムが狂うのだ。
 九時三十分ごろ迎えの車が来る。既に1人乗っている時もあるが、私のために
迎えに来ることもある。車を離して年が明けたら二年がくる。車の送迎は
まことにありがたい。
 センターには既に二十人ほど来ていて、いつも私が最終便のようだ。
朝のご挨拶の後、童謡にあわせて腰をかけたまま手振り、
足振り運動する。そんなものできるかと、鼻白んでいたが、女史の
場の空気に合わす雰囲気を見て猛省。女史は人が気に触るような言動は
一切ない。それでも女史がそこにいるだけで全体が締まる気がするのは
私だけではないだろうと思う。自分は言いたいことを言っている。
足湯の時など「女史がお湯が微温いと言っています」じゃんけんぽんの時も
「女史が丸テーブルが使いたいと言っています」と言う具合に、
それでも嫌な顔もせず「ほんまにあんたには勝てんわ」と笑っていて、
人徳というか、そこに居るだけで存在感が、滲み出ている。
 過日「軍国少女の語る軍国と今」と題して講演があった。八十八歳と思えぬ
ハリのある声で原稿を読むこともなく二時間、軍国を語り今を斬った。私も
開戦前夜であらんこと祈っている。
 デイケアとは、少し方向性が違うと思いつつ、そこに女史がいるから、
そこにジヤンケンポンがあるから。その上に、センターの職員の粒揃いも加わって、
思いの外の1日を過ごさせてもらっている昨今である。

 この稿を出さぬうちに女史が病に倒れた。
 女史は私にとっては太陽である。太陽が雲間から出る日をただ待って居る。
 ひたすら祈っている。
 













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