第115話 私の死亡記事

文字数 992文字

 私家版・私と死亡記事の薄い冊子を借りて読んだ。
興味があり、真似してみようと息子に代わって書いてみた。
 
 小さい流れ星               虎姫の長子
 自称虎姫は、傘寿になった途端、老いの進化著しく終に5月10日昇天した。
格別病んでいなかったから、老衰と診断された。
 虎姫は波瀾万丈の生涯だったが、老後は、好きに生きたように私には見えた。
が、雨にも風にも運命にも負けず、泣くを許されず、許さず、強者に見えた寅姫は
母だった。私は、口癖のように「オカンは弱者のこころを知らない」と言い続けた。
「優しいだけではお前たちは育てられなかったのだ」母の答はいつも同じだった。
父の鐵工所の倒産による負債、父の再起の見通しは望めない。その上、弟の出産である。
私は4年生になっていたから、暗闇のトンネルで喘いだ母のことを少しは知っている。
「鬼のようになったから、会社も再建できたし、子供たちもそれぞそれの青春を大いに
謳歌したのだ。少しはそろそろ辛苦を知ってもよさそうなもの」と母言う。私が、私が
と言う母の根性でなるほど私たち子供は不自由なしに人並みに成人したのだ。
  
 私は母と言い争いをしたら長く尾を引く。それは双方が己は悪くないと信じているからだ。
賢い方が0,5下がるとスムーズに交差できる。それは母の持論である。しかし私には0,1も
譲らない。私も折れない。
 弟は要領が良いからすぐ「ごめんな」と言う「ごめんな」と言いたいが母も私も言えない。

お互いに良いところもあるのに短所ばかりが似てしまったのだ。

 母は私には物を頼まない。3年前、私の友達に母が自動車を当てた。母に利はない。
揉めていたようだけど、私は仲介の労を取らなかった。それも気に入らなかったようだ。
 母は熟慮がない。なんでも自分で決めたらすぐ履行する。老いても子に従えないのである。
車を捨てて1年ちょっとになるが私には、ちょっと車に乗せてくれとは言わない。
路線バスとタクシーを上手く使い分けしていたようだ。
  
 第三者の目で冷静に母を見ると、母は、子供より実弟と一番近しかったようだ。
歳は4歳しか離れていなかったが、小さいときから母代わりをした過去が続いているのだろうか。

 ずっと重かった母は逝った。ほっとした。しかし軽くならない。
死んだら嫌なところは消えて、母の遺した功績ばかりが思い出される。
 後悔はしない。オカンありがとう。


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