第60話 ふるさと(2)

文字数 651文字

 寒村の遅い春はひな祭りから始まる。
子供にとってひな祭りはお祭りに次ぐ一大イベントである。
私の生まれた在所は、三分の1ぐらいが商人で、村の中の町
であった。したがって粋がってというか派手気味だった。
昭和初期、すでに段飾りのお雛を持っている友もいた。
雨が降ったらそのお雛の前で遊山箱を広げる。てるてる坊主
を吊るしたい気持ちだった。天気に味方されて野に出る時は
我がためにこの日はあるのだとひとしお喜んだ。私はお軸
1本しかないのである。話せば長くなるが家訓で女の子には
節句の祝いをしてはいけないと言い伝えられてきていた。

昔むかしその昔、お祝いの最中に山潮が噴いて流されたという。
ほんと、嘘と、思っていたら、ほんとにきな臭く、裏山を県の
援助で大々的に工事した過去がある。土石流の道でもあったのか?。
屋敷跡が3カ所もあるのも頷ける。が、その時はお雛が欲しかったのだ。
 
 遊山箱は3重になっていて1の箱にはお寿司、2の箱には羊羹
などお菓子、後の箱には煮染め、この中に卵の茹でたのが入っていた。
真ん中に陣取ったあの黄の色。味より先に黄に目が奪われて、
コックン唾を飲み込んだ。お代わりの卵が欲しくて、食べ散らかして
祖母に大目玉を食った。

 こうして母のない子も不自由なしに一人前、半人前かも?育てられ
育ったら、恩知らずが、ひとり大きくなったような態度を取る。

 いけない。ありがたいと感じた時は祖母はしょんぼり虹の橋を
渡っていた後だった。

 今祖母の享年をはるかに超えている。
 風止んで、木は静かになっている。もう誰もいない。




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