第122  ふるさと

文字数 845文字

 故郷を幾度書いたら終わるのだろう。
ふるさとを思うだけで心が和む。ふるさとは近くにありても思うもの。
午前中は西窓のカーテンを開けている。
お茶を飲んでも、新聞を読んでも、顔を上げると白亜のマンションの向こうに
故郷の山が見える。あの高いところは旭日が丸でその右手は峠のトンネルだ。
 台風7号の通過した山並みには白い煙のように霧が立ち上がっている。
夏の空を制覇していた入道雲もだんだん解けてゆく。日本に四季がなくなると
危惧する人たちも多々いる。昼間はあんなに熱かったのに、早朝そよ風を受けると
嬉しくなる。立秋から20日余りが経つが、日差しは土用のままだ。
 窓辺の柏葉紫陽花の葉が大きく揺れた。風が吹いていると急いで窓を開けた。
吹いている風は熱風だった。いつまで続くのであろう。この暑さ。
夏の果てる日を待つばかりである。
 人間が生き兼ねている間に、ベランダの鉢の花をいくつか枯らしてしまった。
 西の空の果てに白い雲が湧いたと思ったら、みるみる空一面に雲が広がった。
日の光は覆われた。どこかでまた、集中豪雨が始まるのかもしれない。
夕立は「馬の背」を超えないと昔の人は言っていた。今はどうだろうか。

 ふるさとに昔を語る人はほとんど居なくなった。
兄の蜜柑山は見る影もなく原野に戻った。田圃も畑も
草に覆われているが、一角は日曜農園の方がかろうじて耕作している。
川も浅くなった。これでは鰻も鮎も雑魚も住み辛かろう。
 ふるさとの老齢化を見るのは辛い。
ふるさとよ永遠に栄えあれと、ただ祈る。
 
 己も徐々に衰えてゆくことを切実に感じる。老い枯れてゆくことが
旅立っための道のりだと思う。自分に自分なりの蹴りをつけ続ける。

 永遠に眠った時、息子が「お母んはいい人生だった」と送ってくれた時、
 初めて我が人生曇り後、晴れである。晴れは永遠であると、信じよう。
  今年も生き延びた。実感である。
  パーマやさんから電話があった
 「生きとるで」が第一声であった。
 「生きとるでよ」と応えて
 「熱っかったなぁ」異口同音だった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み