第65話 龍。天に登る

文字数 1,092文字

 狼煙のドラマをワクワクしながら読み終えた。私も
真似して狼煙をあげる。
 
 海岸線には番所が置かれ黒ぶね発見と同時に狼煙リレーで
お城まで伝達するようになっていた。
 大きな白い帆先が島陰に現れた。あれはなんじゃ。船だ。
 竹が島の番所が、見つけた異国船。予行演習の通り狼煙を送り、
太鼓、法螺貝、半鐘で島人に伝える。半鐘の下に人は群れる。
 竹が島は好天に恵まれその上凪いで狼煙は真っ直ぐ上がった。
瞬時の差で那佐も火をつけた。待ち構えていた大島は猪の糞が
よく効いたのか、近年にない大型の煙が上がった。恵比寿、阿部
も煙り、遂に伊島にも狼煙が上がった。

伊島は橘港から船で渡る離れ島で、島には三叉路のような迷路
めいた小径が幾つもある。
釣り宿もあり、出てくる料理は新鮮で美味しい。山に登る1本の
道が開け、小さい山の中程に溜池がある。弥生の頃は落椿が池を
染めている。 
「伊島ササユリ」の見頃は六月で、島は百合の香に包まれる。
離れ島というより風光明媚な「伊島の国」である。

 脱線しそうになった狼煙に戻ろう。
那佐番所守りの林右衛門は、誰にともなく語っていた。
「儂ゃちょろちょろ燃える炎も好きだが燃えあがる焔は
もっと好きなんじゃ。この仕事も天職と思うとる。その上、
跡取りもできたし、ありがたいことに二人扶持3石取りの
役人じゃ。不平はないが、一つだけ不満がある。それはのー
関係ないものが、わしの『狼煙は真っ直ぐ上がらんとひんま
がっとる』といったことじゃ」と林右衛門は空を睨んだ。

 それからというもの円筒の土坑をさらに掘り下げたり、 
幅を広げたり、猪の糞を集めたり、研鑽を重ね満を持して
今日の日を迎えた。

 中村に糸のような火がかすかに上がるのを見るや、ここぞとばかり
林右衛門は声を大にして
「乾こう一擲だ。作之助、それっ火をつけい」

 導火線を息を殺した四っの目が睨んでいる。
枯葉は唸るように燃えた。いつもの五倍もあるかとおぼしい
生々しい松葉は燃え上がらずに、ほんに白煙となって沸き上がる。
未だかってない狼煙が伸びる、伸びる。天をつく勢いだ。
遂に白煙は龍になり雲まで届いた。林右衛門は、
「儂ゃ満足だ」と言ったか、どうか?

 宍喰沖に黒ぶねがきた。法螺貝や太鼓をで威嚇し、海岸線は
上をしたへの大騒ぎになったという。大砲を発射するも届かな
かった。今も草の中に砲台跡が残り物語を偲ぶよすがとなっている。
黒ぶねは、昇龍に恐れをなして逃げ去ったと伝えられている。

「狼煙をあげる練習をしていてよかった。よかった」
老兵は死なずか。あとは作之助に任せよう。林右衛門
は龍の昇った天を見ている。
 
 耳をすませば維新の足音がそこまできている。







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