第56話 こぞことし

文字数 866文字

 あけましておめでとうございます。
コロナ禍に明け、オミクロンに脅かされた令和3年は、
この星に重い思いをのこして暮れた。
 
 新しい年を迎えたが、若人のように年頭の計画も夢も
なく、日々事勿れと念ずるばかりである。
 正月の締め飾りも、しなくなった大人だけの家で
「お正月には帰って3人で祝おう」と迎えられて古巣で
迎えた新年には、夫の好んだ白味噌仕立てのお雑煮を食べた。
 宣伝に踊らされてお節料理を求めたが、昭和も初期生まれの
人間は昔の蒟蒻や芋、大根の煮しめの方が舌(身)にあって、
美味しい。

 初詣も初日を避けて2日にした。それも歩いて行ける
氏神様。神棚も処分したので新しいお札も受ける事はない。
お願い事はしない。長寿と健康を感謝するのみである。

 過去と未来の真ん中、現在で生息していると自然に
いつかきた道を振り返る。
お正月は特別な思いで迎えたものだ。父は若水を汲むため
紋付を着ていた。その後を序列に従い提灯を持ってお供をした。
弟より一歩前に居ることに優越を感じたものだ。

 旧暦で祝ったため、季節は大寒。積雪も雪の舞うことも珍しく
なかった。大きな門松を立てていたが、だんだん小さくなり、
とうとう門松を立てることも無くなった。
 イグサの匂う客間の神棚の下で真剣に書初めをした。
「宮城前旗の波」の書は良くできたと父が始めて褒めてくれた。
これならSさんに負けんかなと思った記憶が蘇る。しかし……。
いつもSさんの方がうまかったのだ。

 お年玉はほとんど竹の貯金箱に貯えた。半ば強制的だったような
気もする。そのお年玉を弟が抜いていたというから驚きである。
学校でも貯金していたが下ろした記憶がない。どうなったの?

「こぞことし」高学年の男の子が「火の用心」と叫んで夜回りをしていた。
遠くから、近くから寒風の運んでくる拍子木の音を聞きながら夜は更けてゆく。

 貧しかったが、水汲みから始まった厳粛な年の初めの行事は、幼な子にも、
言葉にないものが伝わり、それは脳裏が身体がうけとめた。

 お正月を迎える度、遂に守られなかった伝統を行事を、
在りし日を、思い出している。







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