第89話 軍国酒場

文字数 705文字

♪勝ってくるぞと勇ましく誓って国を出たからは……♪
軍国酒場二等兵は、栄町のとあるビルの2階にある。
あの音楽が迎えにかけ降りてくる。軍歌を歌いながら
ドアを開ける。ママはすかさず敬礼して迎えてくれる。
軍歌をが好きでママとのお付き合いは四十数年に及ぶ。

店内には、教育勅語あり、日章旗あり、両陛下の映像ありで
所狭しと、往時を彷彿とさせている。
軍服と陸海空、水平に看護服も揃っている。

店で流れているのは軍歌ばかりで、リクエストすれば戦時中の
小学唱歌も歌える。愛好者は昔の青少年ばかりかと思いきや、
わかいカップルがマイクを持っていることも珍しくない。

 一緒に歌ってくれる友人も知人もいた。が、それは昔の話で
近年は一人でゆく。コロナ禍もあってここ一〜二年は数える程しか
入隊していない。長いこと休んでいると招集令状が来ていたが、
加齢を慮って、令状も来なくなった。老兵は死なずただ去るのみか?

 夫が元気な時は二人でよく通った。あの人は陸軍の歌は歌わない。
海軍の歌を好んだが、歌もあまり歌わず、ぽちぽちとお酒を飲むだけだった。
あれで何が面白いのかと、思ったが、私に付き合って来ていたのではないかと、
近ごろ思う。それは愛か。違う。私たちは夫婦でなく戦友だったのだ。
前にも、どこかに書いたけど私たちは、教師と教え子だった。

 昔一緒に軍歌を歌ったあの親方もKもYもみな虹の橋を渡った。
諸行無常、思い出だけが点滅を繰り返している。

 昨年の師走のある日、久しぶりに女3人で入隊した。年寄り二人は
盛り上がった。ストレスは解消し、心は青春に戻った。
しかし、若い彼女の歌えたのは「お山の杉の子」だけだった。

 私は万年2等兵である。また行きたい。







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