第76話 気が抜ける

文字数 615文字

 「老兵は死なず消え去るのみ」
今の若人には耳新しい言葉かもしれないが
意を得た語源を知っている同年輩はみんな消え失せた。

 孫の飛ばした風船が階段の天井でふらふらしている。
風船の気が抜けて萎んでゆく。自然の現象だ。
気の転用の多いこと。元気、気力、気迫、気運、気性
気構え、気遣い、気さく、気流、怒気と際限がない。
「病は気から」とは言われているが「やる気」をなくして
しまうと「怒気」まで失う。喧嘩好きのわたしから「怒気」
を消したら角がなくなる。まあるくなったら、シャボン玉と
同じになり、すぐただの物体となる。
それでいいじゃぁないの。否まだまだよと、風船に空気を送ろ
うとする自分と相反する自分がいる。 
 今年になって軽い風邪で伏せ、食中毒で体調を崩している
隙間に、怠惰という魔物が精神に住みついた。

 なん年振りという大雪にも、さあゆくぞと、気が高揚しない。
コロナ禍に阻まれただけでない。体力的に限界か?やる気をなく
している。
読む気(といっても探偵ものでいつも犯人を追っている)も
書く気も失せている。
 毒にも薬にもならぬ己の筆の跡にも感じるものがある。

今、というこの時間は永遠に過去になってゆく。
取り返しはつかない。泣いても、笑っても、怒っても、
一生は一生。悠久の宇宙を思うと、人の生涯なんて、
新幹線のすれ違いよりもっと瞬時だ。瞬間を重ねて生きて
いるのだ。生きとしいけるもの、みんな死ぬのだ。
ならば、楽しく、死ぬまで楽しく生きようではないか。




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