第112話

文字数 1,130文字

一階が騒がしくなったころ、あたしは部屋を出て、トイレに行った。トイレはシャワー室に並んで奥にあり、その隣は北の部屋だ。ここは以前なかを見たことがある。布団が積みあげられているだけの部屋だった。

あたしはトイレの帰り、足音を忍ばせて自分の部屋を通過し、南の部屋を覗いてみた。豆電球の点いた薄暗い部屋だった。物置のようにいろいろあったが、よく見えなかった。マッサージチェアが

と居座っているのは分かった。

壁には二メートルくらいの板が横に長く付いていた。修理を途中放棄したように見えた。

窓の反対側、つまりあたしの部屋の側には押入れがあった。髭男はここで何かをしていたのだろう。好奇心のままにあたしは近付き、(ふすま)を音が鳴らないようにゆっくり、ゆっくりと滑らせた。

なかは雑然としていた。細かいものは目に入らない。黒っぽい小型の金庫が目立っていた。あたしは金庫をしばし眺め、しゃがんでその扉を引いてみた。もちろん開かない。

「まあ、当然か」

こう呟いて、改めて金庫を眺めていると、その側面にフックにかけられている鍵を発見した。まさかという思いのもと、それを取って鍵穴に差し込んでみると、すんなりと収まった。鍵を捻ってみたが、それだけでは開かなかった。暗証番号が必要なようだ。どうしようもないので、あたしは鍵を抜いて、元に戻した。

階段のほうで物音がしたような気がしたので、あたしは襖をそっと閉め、部屋の戸もゆっくりと閉め、急いで、しかし静かに自分の部屋に戻った。

「ほーほー」

その夜は誰も来なかった。

あたしは赤い蛍光灯を眺めながら、ふと髭男の「サイトーさん」を思い出した。もしかして、暗証番号なのではないか。

そう言えば、前日、南の部屋で二人ががさごそしていたような気がする。廊下もどことなくうるさかった。何かを引きずっていたような音もしていた。あの金庫を運び込んでいたのだろうか。それとも、あたしの気のせいなのか。

翌朝、トイレの帰り、あたしはまた南の部屋に入った。昨夜よりは気が楽だった。髭男もヘグ婆も、恐らく昼過ぎまで寝ている。

夜の場合と異なり、よく見えた。窓には板が張ってあるけれども、漏れ出る光は豆電球よりもはるかに多い。部屋にはマッサージチェアの他に、ガスコンロ、火鉢、木材、ペンキ、刷毛(はけ)、ゴルフクラブ、衣服、スピーカ―、マイクなどが散乱し、ネットに吊るされた玉ねぎもあった。

板を観察すると、窓枠の中央に十センチくらいの木が、枠を超えて、上下の壁に打ち付けられていて、その木に板が釘打ちされているのだった。逃走防止用なのだろうか。

けれども、雑な仕事だった。板の隅など、引けば()り返った。男性なら、腕力で壊せるはずだ。何ならあたしでも。

あたしは、昨夜と同じく、押入れを開けた。

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