第35話

文字数 1,006文字

ユウヤに壊された携帯電話を何とかしなければならなかった。もちろん、ユウヤに弁償してもらうことなど期待できない。新調するしかないのだけど、金銭のうえでも、ルールのうえでも、あたしだけではできないので、母に告げるしかなかった。

あたしが子どものころ、携帯電話は世間でそれなりに普及していた。

しかし、中学生が持つには贅沢な道具だった。もちろん、学校でも使用することは禁止されていた。

「わたしが外に出ている分、この子には持たせています」

学校での三者面談で、母は教師に向かって言った。母の言い分は、つまり、母子家庭であるけれども、人並み以上に子どもに関心を払っている、その証拠に携帯電話を持たせて、自分は(そば)にいないけれども、ちゃんとコミュニケーションを図る手段を確保している、ということだった。

実際に携帯電話で母と話したことなど数えるほどもない。母の意図するところは分からないのだけど、子育てに関し、突然心が熱くなり、それが行き過ぎたのかもしれない。あるいは見栄なのかもしれない。と言うのも、母は突然娘たちに高価な服を着せたりするかと思えば、何日も洗濯しない服を着せたりという具合に、一貫性のないことばかりだったので。

熱心にしろ、見栄にしろ、その土台は感情にある。

母の機嫌が悪いときに伝えれば、火に油を注ぐようなものなので、あたしは母を観察し、その機会を(うかが)った。

意外にも、伝える好機はすぐにやってきた。きっかけは武男だった。

あたしがユウヤに携帯電話を壊された日、ゆきちゃんと武男は揉めた。

武男はゆきちゃんの告げ口を恐れたのか、急に母におべっかを使うようになった。

ゆきちゃんは告げ口をするような性格ではないのだけれども、武男は分からなかったようだ。いつ言われてもいいように、武男はとにかく母に取り入っていた。

結果、母の顔から(けん)が取れた。見たことのない優しささえ浮かびあがっていた。

「いまだったら大丈夫かも」

あたしは携帯電話をなくしたと、恐る恐る言ってみた。

母は笑顔でこう言った。

「人間だもんね。なくすことくらいあるよねぇ」

あたしは肩透かしを食ったようで、却って恐かった。

あたしは母の顔から目を離せなかった。笑顔が割れて、その奥から鬼の顔が出てくるのではないかと気が気ではなかった。

しかし、いくら待ってみても、鬼は出てこなかった。

あたしは思いのほか簡単に携帯電話を再入手することができた。
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