第117話

文字数 1,200文字

あたしは創希から目を離せなかった。目からは自然に涙が溢れた。

創希はあたしに近付いてきて、しゃがんだ。

創希の顔がはっきりと見えた。確かに創希だ。

「よかった」

創希はそう言って、あたしを抱き締めた。あたしは声を押し殺して泣いた。

「もう大丈夫。辛かったろう」

あたしは創希に抱き着いて、ただただ涙を流した。

「どうして、ここが」

あたしは涙声で訊いた。

「いろいろとね」

創希は以下のような顛末(てんまつ)を話してくれた。

武男の一件以降しばらくして、創希はゆきちゃんにあたしのことを尋ねたらしい。「ずっと学校をやすんでいるけれど、病気なのか」と。ゆきちゃんは返事を濁したそうだ。

それから折に触れて、創希はゆきちゃんにあたしのことを訊いたけれども、やはり返事は曖昧なままだったらしい。

創希はヒロにも訊いた。ヒロはユウヤのことを口にした。創希はヒロの知っている限りのユウヤについて詳しく訊いた。

それから創希はゆきちゃんにもう一度尋ねた。

「もしかして、お姉ちゃん、家にいない?」

「病気で……」

ゆきちゃんの表情と口調とから、たぶん本当のことを言っていないだろうと考えた創希は、商店街の入口に赴いた。そこでユウヤを見つけた。

しかし、声をかけたりはしなかった。訊いたところで、後ろめたいことがあるのなら正直に答えるはずもないし、家族でもない自分にその資格があるのか、迷いもあったそうだ。

ただ、ユウヤを尾行することはした。そして、その部屋を突きとめた。けれども、その日は特に何もせず、そのまま帰った。

創希は放課後、商店街に行ってみたり、ユウヤの部屋の前まで行ってみたりした。もしかして、部屋にあたしがいるのではないかと考えて。

そう、確かに、あたしはその頃ユウヤの部屋にいた。美人局をしていたころではないだろうか。

しばらくすると、ゆきちゃんまでも登校しなくなった。学校では大谷が噂話をしていた。創希はそれを耳にした。

「相沢さん、男と車に乗り込んでいたよ」

創希は大谷に詳しく訊いた。そうして、あたしが二人の男たちと軽のワンボックスカーに乗って、どこかに出掛けたことを知った。出発した場所はユウヤの部屋の前であることも。

「シルバーの車。一緒にいたのは危なそうな人たち。ヤだよね。学校休んでまで」

大谷は同意を求めるように言ったそうだ。

創希はユウヤが商店街で歌っているあいだに、部屋を訪れてノックした。耳を澄まし、なかの様子を探ったけれども、何の気配もない。ちょうど出くわした隣人に尋ねてみたりもした。

「最近、一人じゃないような感じだった。けど、ここ数日また静かになった」

こう聞いたそうだ。ときどき人の出入りがあって、一時的に物音が多くなるのだけど、ここ最近は日常的に複数の人の気配を感じた、しかし見たことはない。ただ、声から推測すると、若い女性がいたのでは、ということも説明されたらしい。

ほぼ間違いなくあたしと住んでいたのだろうと、創希は思ったそうだ。

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