第84話

文字数 1,031文字

あたしがいたのは色街の外れにある『ラビシュ』というスナックの二階だった。色街は、建前としては、料亭の集まりだった。管理は料亭の経営者からなる組合がしていた。組合に入らなければ営業できないし、組合の作ったルールを守らなければ除名され、これもまた営業できなかった。もちろん、未成年を働かせることなどできない。

しかし、未成年を好む客がいないわけではなかった。彼らは欲望を満たすためなら、壱万円札を十枚でも出す。その倍を出すこともある。組合に入らないラビシュでは、そういう客に未成年を抱かせていた。

誰にでも抱かせていたわけではない。そういう性癖を持つ常連のなかで、特に口の堅い客を選んでいたのだった。選ぶのはヘグ(ばあ)、すなわち、このソバージュの老女だった。

ラビシュに来る客のなかに、色街にある料亭の評判について尋ねる男がいる。ヘグ婆はそのやり取りから男の好みを知り、懇意にしている料亭を紹介する。

後日、男がラビシュに来ると礼を述べる。しかし、なかには訪れた料亭を評価しない者がいる。仕事についても、同僚についても、家族についても、友人についても積極的に話さないけれども、決して悪い評価はしない。愚痴を言わない。噂話もしない。しかし、性に関して、表に出せないような癖と、強烈な欲求をかろうじて隠している男。そんな男がヘグ婆の食指を動かす。

けれども、ヘグ婆はすぐには動かない。自分に対する態度、言葉遣い、周囲の客に対するそれらを観察し、さらに人柄を量る。及第すると、話を持ちかける。しかし、その場合も正面からは言わない。相手が少しでも怪訝(けげん)そうな表情を見せれば、笑いながら、

「冗談だよ。そんなことすりゃ、あんたもあたいも後に手が回るよ」

こう言って、逃げられるようにしている。

相手が半信半疑でありながらも、前のめりになってくるとき、ヘグ婆の心は決まる。

「そんな店あるの」

「ああ、あるとも」

「へー、あるのなら一度行ってみたいな」

男は冗談めいて言う。酔っているはずなのに、素面(しらふ)のときのような目をするらしい。

「高いよ」

「え? ホントにあるの」

たいてい、男は驚いたふりをするようだ。

ヘグ婆も演技だと分かっているので、男には応えず、黙って待つ。すると、男の方から話を持ちかける。

(いく)らなの」

ヘグ婆は男の懐具合と、欲求の強さに応じて金額を調整するそうだ。男の懐具合も、性に対するこだわりも、ヘグ婆は既に探りを入れ、見当を付けてある。

こういう過程を経て、客となる男は二階へ案内されるようだった。
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